放射能と医療の関係・ラジウム
今日のように、病原菌を遺伝子レベルで把握し、ワクチンや抗生物質、薬や手術の開発ができるようになるまでに、
それこそ神頼みの時代から長い年月にわたる試行錯誤がありました。
前にご紹介した水銀しかり、ヒ素しかり、今の常識では考えられないような医療が有効だと信じられていたケースも過去には存在ました。
そうした先人たちの悪戦苦闘の積み重ねが、今日の最新医療を成す土台になっているに違いありませんが、
それにしてもびっくりを通り越して笑ってしまうような医療がたくさんあります。
今回は引き続きそうしたびっくり仰天な医療の歴史をご紹介していきたいと思います。
■毒をもって毒を制す「放射能」
放射能というと、普通の人は福島原発事故や原爆、劣化ウラン弾といった、プラスイメージに乏しいワードを連想してしまうかもしれません。
実際に放射能は、その強さによって人体に甚大な影響を与えることがあります。
人体を構成する細胞には生命の設計図ともいえるDNAを持っています。
このDNAに放射線が当たると、DNAの一部が壊れることがあるのです。
細胞のDNAが損傷を受けると修復するための酵素が傷を修復するのですが、傷の度合いが修復能力を超えてしまうと完全に修復されないか、修復が失敗する場合があります。
完全に修復されないと突然変異を起こし、がんや遺伝性の障害が発生する可能性が高まります。
また、修復が失敗すると細胞が死んだり、変性したりするといった急性な影響が起こる可能性が高まり、臓器などの機能に障害をきたすようになります。
一方、放射能が持つ殺傷能力を逆に利用した医療法があります。
手術、薬物療法と並ぶがんの3大治療法の1つである「放射線治療」がそれです。
人工的に作り出した放射線を診断や治療に利用するもので、がん治療では患部に放射線をあてることで細胞のDNAに損傷を与え、がん細胞を死に至らしめます。
放射線治療は体の外から放射線をあてる外部照射が一般的ですが、放射性物質を体内に挿入する方法したり、飲み薬や注射で投与したりする内部照射もあります。
同時に凄まじい副作用を伴うのも放射線治療の特徴ですが・・・。
しかしがんを引き起こす病因である放射能が、がんを死滅させるための武器にもなっているという現象は、なかなか不思議です。
毒を持って毒を制すということなのでしょうか。
この場合の毒は普通の毒ではなく猛毒なので、慎重に慎重を重ねて取り扱っていかねばなりません。
そこに至るにはやはり長い試行錯誤の歴史があったのです。
■キュリー夫妻による世紀の大発見
放射能の医療利用はポーランドの科学者・キュリー夫妻によって発見されたラジウムが有名です。
当時でも、今日でもそうですが、がんの治療法確立は数百年にわたる医学界のにとっての悲願だったので、
がん細胞を破壊する能力を持つラジウムはがん治療の期待の星としてもてはやされていきます。
ではキュリー夫妻はどうやって新元素を発見できたのでしょうか?
「閃ウラン鉱」と呼ばれる二酸化ウランを豊富に含む鉱物が、ウラン単体の数倍に相当する放射能を持っていることを突き止めます。
これら鉱石にはウランよりも遥かに強力な放射能を放つ未知の物質が含まれているのではないかと彼らは仮説を立てたのです。
こうして夫妻の探究心が史上初めて塩化ラジウムの分離成功をもたらします。
これは原子物理学では革命的な出来事で、当時はある元素から他の元素をつくることはできないという
「元素不変の法則」
が定理とされていましたが、夫妻の研究は、ある元素が他の元素に変わりうる「元素の転換」という画期的な現象の発見に繋がるものだったのです。
■万能薬・ラジウム
1900年に放射線が生物組織に影響を与えるという報告を耳にし、夫のピエール・キュリーはラジウムを腕に貼り付けると、
皮膚に火傷を生じさせ、細胞を破壊する効果を発見しました。これによりがんや皮膚疾患の治療にラジウムは使えるのではないかと提案。
ほかで行われた内臓がんの治療実験では腫傷の縮小効果が確認されたようです。
ラジウムを使った治療は後にキュリー療法と呼ばれ、さらに医療分野のみならずラジウムは産業分野でも利用されるようになり、一時は世界で最も高価な物質になりました。
しかし、ウランの100万倍もの放射能を持つラジウムの危険性がまだそれほど認識されていない時代でした。
ちなみにキュリー夫妻が使っていた研究ノートは、100年以上経った今でも放射線を出し続けています。
ですから今後何世紀にもわたって鉛の箱に入れて保管しなければならず、現物を見るには防護服を着て取り扱う必要があるようです。
■ラジウム入りの飲み薬・ラジトール
医療現場に登場したラジウムは「万能薬」として、がんのみならず様々な症状に処方されるようになります。
うち一つがアメリカのニュージャージー州のベイリー・ラジウム研究所で開発されたラジウム入りの飲み薬
「ラジトール」
です。
これを飲めば一時的に体の痛みなどが和らぐ効果があるようですが、
長期にわたって常飲すると体の内側から放射能被曝を起こし、体中に複数のがんができた人もいて、
腎臓機能が破壊されたり、脳に膿が溜まったり、頭蓋骨が穴だらけになったりという悲惨な最期を迎えた記録も残っています。
のちにアメリカの連邦取引委員会がラジトールの製造中止を命じ、販売されていたラジトールはすべて撤去され、
そのうえ危険性を周知するパンフレットの全国配布まで行いました。
それだけラジトールの流行は爆発的で、その危険性の規模は看過すべからざるものであることを示しています。
■放射能たっぷりの健康ドリンク
ラジウムは崩壊すると「ラドン」という元素を発生させます。ラドンにも病気を治癒する効果があると考えられていました。
そこで流行ったのが「ラドン飲料水」。
今のウォーターサーバーじゃないですが、ラドン飲料水を作る壺が登場しました。
これはラジウム入りのウラン鉱石で作られた壷で、蛇口がついており、この中に水を入れて自宅でラドン飲料水をつくれるという触れ込みで販売されました。
ウランの崩壊の過程でまずはラジウムが、次にラドンが発生し、ラドンが水に溶け放射線水ができる仕組みになっています。
こうして「健康飲料」を毎日飲めるようになるという寸法です。
それからラジウムが入った美容クリーム、軟膏、石けん、歯磨き粉といった日用品も登場し、しまいには男性向けのED治療にも使われるようになり、
「ホルモンの分泌が活発にし、衰えた体内の器官を元気にできる」
という文言でアピールされました。
中にはお尻の穴から詰め込んで使うラジウム入りの座薬もあったようで・・・。
何度も言いますが、今の時代に生まれて良かったとつくづく思います(笑)
■ラジウムが生んだ意外な発明
次第に放射線による健康被害が報告され、危険性が認知されるようになると、
ラジウムを扱う際の安全性をいかに確保するかが重視されるようになりました。
そこで開発されたのが
「ガイガーカウンター」
です。
1928年にドイツのハンス・ガイガーとヴァルター・ミュラーが開発したガイガー=ミュラー管(Geiger-Müller tube)を応用した放射線量計測器です。
名前は見ての通り、両名にちなんで名付けられています。
完成から今日まですでに90年以上もの年月が経っているにも関わらず、現在でも使われ続けていることから、パーフェクトな原理に基づいた機材と言っても過言ではありません。
不活性ガスで満たされた管の中心にある電極に高電圧がかけられ、この状態の管の中に放射線が飛び込むとパルス電流が流れ、それを測定するという仕組みです。
取扱いの難しさや放射能汚染のリスクから、放射線治療や一部化学療法を除き、ラジウムは次第に医療現場では使われなくなっていくのでした。
生活から遠いと感じる放射能も、医療の歴史においては人類と密接な関係にあったのです。
以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。