米中貿易戦争について考えてみる④
大禅不動産研究室は大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)が運営する「ちょっと役立つビジネスコラム」です。
不動産に限らず、地元ネタ、企業経営、歴史と人物、時事、海外ビジネス、職業研究について書いています。今回のシリーズは「米中貿易戦争」です。
■アメリカの内政事情
貿易はトランプが中国を槍玉に挙げる口実の一つですが、対立強硬の姿勢は内政的な課題にもリンクしています。
アメリカ社会はいま断絶に見舞われています。
しかしそれはトランプの登場によって起きた現象ではなく、アメリカ社会の断絶がトランプの登場を促したのです。
富める者は益々富み、貧しい者は益々貧し、中産階級は破産の憂き目をみている。
ラストベルトの州は当初民主党のヒラリーを支持していましたが、一転してトランプを支持するようになり、下馬評を覆して彼の勝利を支えました。
いかに国内の断絶を埋めるかが大統領となった彼に課せられた最初の政治的課題でした。
政権の安定と国内統合のために、分かりやすく仮想敵を仕立てるのは古今東西あらゆる国で用いられてきた政治の手法です。
トランプは「中国の脅威」というネタを掘り当て、政治カードとして活かせています。
中国の脅威は欧州諸国や日本においても共通認識が持たれているので、仲間の糾合もしやすい。
こうしたアメリカ内部の構造変化によって国益のあり方も決定されます。
例え数年後にトランプが大統領の座が降りても、アメリカは対中戦略の基本方針を大きく変えるのは考えにくいでしょう。
■結局アメリカと中国、どちらが勝つか?
一般的な国同士の貿易戦争は経済学的には勝者はいません。
喧嘩両成敗です。
しかし大国の場合だと「どの程度までの負けを許容できるか?」という体力が物を言う。
歴史が証明するように、ナンバー1とナンバー2同士が争う場合、往々にして経済的行為を通じた経済利益の競争よりも、政治的行為による国益獲得を目的としています。
政治的な戦いは「ポジティブサムゲーム(互いが利益を得る可能性がある)」ではなく「ゼロサムゲーム(それぞれの利益と損失の総和が常にゼロ)」
つまり勝者と敗者が存在する点に、経済的な戦いとは異なっています。
例えば戦争で1万人の敵を殺した際に、自国の損害は8千なのか6千なのか?できるだけ8千の損害を避け、6千の損害に留めるにはどうすればいいのか?
を考えるのが経済学です。
限られたリソースの中で、最小のコストを用い、利益の極大化を目指すロジックです。
一方政治は相手に勝ちさえすれば、いかなる犠牲を払っても惜しくはないというロジックなので、経済的合理性が機能する空間は限られています。
中国にとって最大の危機は貿易摩擦が貿易戦争にエスカレートしたことではなく、政治・経済・軍事における強大国アメリカが中国を敵として公言した点です。
経済を切り口にしていますが、政治闘争の匂いも濃ゆく立ち上る戦いです。
■ドル体制内に組み込まれた中国の打てる手は?
過去10年間で中国の通貨・預金の発行量は世界一多い。
対GDPでは中国は2.1:1に対し、アメリカは0.9:1です。
人民元の発行は主として外国為替の支払いを基準に決められています。
中央銀行(中国人民銀行)は企業と個人からドル等外貨を購入し、それから市場の為替レートに従って人民元を開放し流動性をもたせています。
中央銀行による外国為替への流動性供給の割合は最高で80%以上を占めていた時もあります。
保有する外貨を信用の土台に人民元が発行されているのです。
もし米中貿易戦争が一段と深刻化した場合、その火花は金融の領域にも及ぶと見られています。
中国の外貨準備高が大幅に減少すれば人民元発行の信用基盤にも響き、それは取りも直さず手元資金の確保への影響に繋がります。
中国は典型的な貿易国家である一方、人民元は基軸通貨ではないので通貨発行の信用を外貨とリンクさせざるを得ません。
そして中国は貿易のみならず、国内経済、インフラ開発、軍事費、外交、一帯一路プロジェクトで大量の資金が必要です。
先立つ物は金、何事にもお金なの必要です。
中国のここ数年の外国為替市場を見ますと、2016年の投資分野における為替収益はマイナス440億ドル超で、
2017年に政府は外国為替の管理に乗り出した結果、なんとか130億ドルのプラスにまで回復できたくらいです。
外貨準備高については2018年5月の時点で約1.9兆ドルと、2013年の2.96兆米ドルのピークから30%近くも減少していましたが、
今年3月末の外貨準備高は3兆ドルと5カ月連続で増加し持ち直しているようです。
ただ、この3兆ドル全てが自由にできるお金ではありません。
中国で事業を行う外資企業の数はおよそ28万社、うちアメリカの企業が3割を占めます。
外資のリスクはいつでも資金を引き揚げられる点です。
カジノのチップみたいなもので、カジノの中で回っている時はいいんですが、最終的にお客が全部換金して持ち帰られてしまう。
外資企業も撤退する際は資産を自国の通貨に換金します。
現時点では外資の完全撤退には考えにくいものの、仮に外資の50%、すなわち約3兆ドルが中国から引き揚げられてしまうと、外貨準備高はもう幾ばくも残らないでしょう。
外貨は生命線でありながら、それを完全には当てにはできないという辛さがあります。
中国はアメリカを工業国先進国という観点から見てしまいがちです。
自国の製造業の成長による国際的地位の獲得という悲願に重ねているわけですが、中国の勃興はあくまで
「米ドル体制内での地位向上」
というリアルをもう少し重く受け止めた方がよいのかもしれません。
ドルに代わって人民元を基軸通貨にする!
と、気炎を上げる者もいるようですが、短期的にドル体制は他の通貨に取って代わられる可能性は低いでしょう。
人民元の通貨としてのポジションを向上させる意義があるとすれば、ドル体制内でのリスクの低減になるでしょう。
■今後のアメリカは金融で攻めるか?
ですから、トランプにとって中国への矛先は貿易分野だけに留まらないでしょう。
向こう10年の中国の経済戦略
「メイド・イン・チャイナ2025」
への危機感もあるでしょうが、貿易戦争を通じて中国により大きな譲歩を迫る可能性が高いと見られています。
特に金融面で市場を開放しろというプレッシャーを一層かけていくものと思われます。
アメリカは正真正銘の金融の帝国。
一見してトランプは来るべき選挙戦を見据えて、ラストベルトのブルーカラーのために貿易戦争を闘っているようにも見えます。
ただ、金融が益々高度化していくアメリカの経済構造の変化の中にあって、トランプが最も重視するのはやはりウォール街の金融資本の利益と思われます。
グローバリゼーションにおける金融資本の目的は世界中の金融市場から利益をもぎ取ること。
その前提条件が各国の金融市場の開放なのです。
これまでのところ、アメリカは中国市場を未だ完全に攻略し切れないでいます。
実際に中国もまだ金融市場を完全に開放していませんしね。
トランプが中国との経済戦争の端を開いた目的は幾つもありますが、その中に中国に金融市場の門戸のさらなる開放が入っていても不思議ではないでしょう。
中国はドル体制への参加によりシステムの大きな受益者になったと同時に、大量のアメリカ国債の購入によってシステムの支持者の役割も果たしています。
日ごと増しゆく中国の影響力をリスクと捉えコントロール下に置きたくなるのも、体制のオーナーであるアメリカからすればある意味当然の判断かもしれません。
今後も対立の激化と長期化が避けられない中、中国は金融、そしてインターネットというアメリカの伝家の宝刀を意識しながら立ち回っていくことになります。
このような状況の中、中国もグローバルの時代における国家間競争の本質を今一度考えた方がいいのかもしれません。
貿易にしろ金融にしろインターネットにしろ、個別の事象を見れば経済や技術での競争に見えるかもしれませんが、もっと本質的な競争は
「仕組みの競争」
ではないかと思います。
誰が創った仕組みが一番使い易いのか?
自分にメリットはあるのか?
この仕組みは自国の経済成長や技術開発に繋がるのか?
アマゾンやアップルストアのように、仕組みが良ければみんなが使ってくれ、やがてインフラ化する。
結果的に仕組みを構築した者が一番利益と支配権を得る結果になっても、です。
そしてこのような仕組みを生み出せたアメリカの仕組みについても一層の研究価値があるように感じます。
果実の良し悪しは、土壌の状態で決まるのですから。