―ドナルド・トランプ②―
アメリカの歴史の中で最年長かつ最もお金持ちの大統領となったドナルド・トランプは、今やその一挙手一投足の度毎に世界で毀誉褒貶の嵐を巻き起こす芸能人のような存在です。
しかし、アメリカで「不動産王」と言えば彼を指すほど、家業の不動産業では一角を占める経営者であるのは確かなようです。
今回も引き続き不動産経営者としてのトランプに迫ってみたいと思います。
■暴れ馬の商売人
高級路線をひた走るトランプは、矢継ぎ早に不動産以外のカジノ、航空、サッカー、ボクシングにも進出。
事業のブランディングためなのか、それとも飽くなき自己顕示欲なのか。
自分が関わるあらゆる建物や投資事業に自分の名前を冠していくようになります。
その徹底ぶりは彼の経営するカジノ「トランプ・タージマハル」で使われるコインにまで肖像が彫られるほどでした。
ほかには
・トランプメンズコレクション(メンズファッション)
・トランプアイスボトルウォーター(天然水)
・トランプウォッカ
・トランプマガジン
・トランプゴルフ
・トランプステーキ
・トランプアイスクリーム
・トランプバー
・トランプビュッフェ
・トランプケータリング
・トランプ大学
・トランプ学院
・トランプゲーム
・トランプエアラインズ(航空)
・トランププラザ
・トランプマリーナ(港)
・トランプパレス
・トランプスタイル、トランプワールド(雑誌)
・サクセスバイトランプ、エンパイアバイトランプ(香水)
などなど、トランプシリーズは枚挙に暇がないほどです。
トランプの営業スタイルは攻撃的です。
リスクの高い案件ほど燃え、お金を湯水の如く流し込むのになんら躊躇いはありませんでした。
ライバルに対してはあらゆる手を使って徹底的に叩きのめし、気に入らない記事を垂れ流すメディアには容赦なく罵詈雑言を浴びせました。
ビル建設では、空中権取得のために複数の関係者を巧みな交渉術で説得したり、カジノ経営拡大のためにライバル会社から幹部を高給で引き抜いて使い捨てたり、派手な買収を仕掛けたり。
そして、不動産の売買やカジノ以外に大きな収入の柱となっているのが「ライセンス事業」です。
有り体に言えば「名義貸し」ですが、これは建設会社などと名義貸し契約を結び、リゾートホテルやゴルフ場に「トランプ」というブランドを提供することで、本人はまったく経営に携わることなく、数億ドルのライセンス料を受け取るというもの。
究極のブランド商売での荒稼ぎ、今でも大きな収益源となっています。
堅実よりも冒険、守りよりも攻め、採算よりも注目度。
事業領域と投資額を倍々に膨らませながらトランプ帝国の国土拡張に打ち込みました。
「大統領戦に出るかもしれない」と大言も叩いていました。
■転落
狂犬の如く不動産業界をかき回していたトランプでしたが、暗雲が立ち込めます。
1990年代始め、日本のバブルが弾けるよりも先に、不景気がアメリカの不動産業を襲います。
トランプが所有する不動産の価値も尽く目減りし、個人保有資産が17億ドルから一気に5億ドルへと落ち込んでしまう。
破産を避けるためあちこちから運転資金を工面しに回りますが、その利息だけでも年間2億ドルを超えると言われていました。
1991年の時点で事業は実質破産、個人破産も時間の問題だと言われていました。
トランプは、すでに豪華ヨットのトランプ・プリンセス号、そして巨額の借金を抱える原因の一つにもなった航空会社、トランプ・シャトルを手放していました。
起死回生を懸けて膨大な資金を投じたカジノのタージ・マハールも所有権の50%を債権者に移転し、支払利息を減らし、支払期間の延長を図ろうとします。
「アメリカの不動産王」から、推定9億ドルの個人負債を抱えた「世界一貧乏な男」への転落劇でした。
■復活する大富豪
しかし、トランプは復活を遂げていきます。
債務処理に奔走する一方、緻密な投資計画に基づいた投資を継続的に実施していきます。
1994年に個人負債の9億ドルを返済、更に35億ドルもの商取引債務を減らすことに成功。
1990年台後半の好景気を追い風に、カジノやホテルをオープンさせ、その後いくつも投資の失敗と破産を経ながら、再び不動産王として華々しく返り咲いたのです。
トランプの復活の要因となったのは2つあります。
一つは「トランプ」という名前自体の知名度とブランドでした。
債権者の中には訴訟を起こして多額の費用をかけるよりも、債務を整理させ事業を再起させてほうが回収できる見込みがあるとし、トランプの得意分野である不動産開発をやらせます。
建築費用と管理費用を出す代わりに、「トランプ」という名前を建物につけるのを許しました。
綺羅びやかな「トランプ」がもたらす知名度が、なお不動産の資産価値上昇に繋がると債権者たちは踏んだのです。
一度は地に落ちたトランプブランドでしたが、なおそこに価値をかけた者がいたのです。
もう一つ、トランプのイメージ回復に大いに役に立ったのは『アプレンティス(見習い)』というテレビ番組でした。
2004年からNBCで放送されたこの番組でトランプは監修と司会を務めました。
『アプレンティス』とは、二十万人ほどの応募者から選ばれた参加者がチームに分かれて、イベント運営や商品の販売といったミニ事業に挑戦する視聴者参加型の番組です。
毎週必ず参加者の誰かが淘汰されるので、その度にトランプから発せられる「You’re fired!(お前はクビだ!)」が番組の名物として、アメリカ全土で大人気を博します。
サバイバル形式で競い合い、一位を勝ち取った参加者にはトランプの会社で一年間仕事する権利と25万ドルの年収が得られます。
この番組でのトランプの出演料は一回につき100万ドルという、テレビ出演者の中で最高額とも言われています。
「You’re fired!」がいたく気に入ったトランプは2004年にこのセリフを商標申請に出します。
彼の番組への貢献を称えて2007年にハリウッドの名声通りにトランプの名前の星プレートがはめ込まれます。
(今ではトランプ反対派により無残に破壊され移転を検討されている始末ですが)
トランプは2015年の大統領選出馬まで司会を続けてきました。
この番組で大衆的な人気を得たトランプは、ビジネス界からも再び注目を集め、復活したトランプブランドの力を武器に、再び大きな勝負に打って出たのです。
■トランプの名言
今では迷言、失言、暴言のほうが有名になりつつありますが、ここでは経営者としての彼言葉をいくつか拾ってみたいと思います。
「成功するには事前の計画が大切である。そしてその計画にこだわりすぎず柔軟に構えるのも同じくらい大切である」
思い向くままにお金を揮うワンマンのイメージが強いなだけに、意外にも思えますね。
計画と準備に関して彼はこのような発言もしています。
「一つの取引に臨む場合、成功させるための計画を一つではなく、5〜6パターン用意しておく」
波乱万丈、疾風怒濤とは、彼のジェットコースターのような人生と、強烈な個性を言い表す最適な表現に思えます。
曲がりなりにもビジネス界の富豪となり、大国アメリカの最高権力へと駆け上がったのですから、常人以上の意志と能力が備わってなければ難しい芸当ではないでしょうか。
計画とはつまり、多様な手札の用意でもあり、状況への想定力であるように感じます。
彼のような悪童がサバイバルできたのは、単に金の力と口の悪さだけでなく、「変化に対するしぶとさ」という然るべき理由があったからでしょう。
ニューヨークからのし上がった異端の不動産屋の今後にも注目ですね。