建築史シリーズ 日本の近代建築⑩
弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。
そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、
そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。
とは言え、私は専門的に教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。
本物のデザイナー、建築家というのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。
このシリーズではそうした美に携わった先人たちが紡ぎ上げてきた建築の歴史を中心にご紹介していきます。
◯人工物離れしたシェル構造
海を近くに臨み、棚田が広がる緩やかな傾斜地に真っ白い三次元曲面の大屋根が地表を覆うように浮かぶ豊島美術館。
シェル構造によって、滑らかな曲面が実現されています。
この美術館には、一般的なシェル構造とは一線を画す新たな工法が用いられています。
なだらかなでシームレスな三次元曲面を作るには従来の支保工型枠では困難です。
そこで、建物の内外に継ぎ目のない形状を作るために考案されたのが、土を盛った土型枠により曲面を作り出し、コンクリートを打設する方法でした。
土型枠の表面にはパッサモルタルを塗り重ね、より平滑な曲面を作り出します。
この上には更に剥離剤が塗られ、コンクリートが硬化した後、中の土を6週間もかけて少しずつかき出しています。
曲面をより細かく成形するため、約3600ケ所にわたり三次元測量を行いました。
こうして継ぎ目のないシームレスな美しい三次元曲面が完成したのです。
ガラスも何もないニつの大開口からは、光や雨、瀬戸内海の美しい自然が内部へと注ぎ込まれ、屋内のような屋外のような何とも不思議な空間となっています。
内部には床に開いた小さな穴より少しずつ水が湧き出て1日を通してあるポイントに小さな泉をつくり出すアート作品「母型」が設えられています。
豊富な湧き水をもった豊島にふさわしく、水の粒は井戸を掘って汲み上げた天然水で、ここでも環境との一体化が目指されているのです。
豊島美術館は周辺環境と一体化するよう天井高を低く抑え、まるで丘のような形状をしています。
このような頂部が低い偏平な形状は構造的負担が大きいはずですが、課題をクリアし薄いコンクリートで大屋根が実現されており、建築が自然に溶け込んでいます。
◯アンビルトの女王、ザハ・ハディド
建築業界に「アンビルト」という言葉があり、技術やコストの制限によって建設が実現されない建物のことを指します。
歴史上、これまでも色々なアンビルトがありました。
ルネサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチや、近代のル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエなど・・・。
彼らの案は例えアンビルトであったとしても、その後を生きる建築家たちに少なくない影響を与えました。
さらに、アンビルトにはデビュー前の建築家たちが、自らの存在をアピールするという効果もありました。
建築家の中には「アンビルトの女王」と呼ばれる人がいました。
イギリスを拠点に活躍したイラク出身の建築家、ザハ・ハディドです。
彼女の提案が、当時の技術(1980年代)では到底実現できないものばかりでした。
しかしテクノロジーの進化によって、2000年代以降、ザハの提案は徐々に実現され始めます。
「ヴィトラ消防署」(ドイツ)、「アクアティクスセンター」(ロンドン)、「ジョッキークラブ・イノベーションタワー」(香港)など。
すると「もはや彼女はアンビルトな建築家ではない」と言われ始めました。
そんな中、ザハが日本の東京オリンピックスタジアムのコンペで最優秀を獲得します。
まるで未来の宇宙船のような圧倒的な流線美がとても印象的ですね。
しかしザハ案が採用されることはなく、彼女はまもなく逝去され、幻のアンビルトを日本に残したのです。
◯集合材で実現したスポーツ空間
静岡県にある草薙総合運動場体育館は地元産の木材が大いに活用された建物です。
木材で一般的に飛ばせるスパン(支点柱間の距離)は短く、大空間が必要とされるスポーツ用の空間には不向きです。
さらに強度の課題もあるため大架構に使いづらいというデメリットもあります。
しかし、これらの課題は集成材を使うことによってクリアされたのです。
集成材とは断面寸法の小さい木材同士を接着させ、より大きな寸法に再構成した木質材料です。
強度も高いため近年その使用が増えてきました。
こうして地元の杉材による集成材で静岡県草薙総合運動場体育館が建てられたのです。
256本もの杉集成材が75m×105mの楕円の曲線に沿って柔らかくうねり、美しく力強い大空間を実現しています。
大量の木材が必要となるため、工事の2年前に山を抑えて伐採、ひき板から集成材が作られました。
材積は1000㎥、鉄骨屋根の重量はなんと2500tに上ります。
この荷重による膨らみを防ぐためにコンクリートのリングが作られました。
木、コンクリート、鉄という3つの異なる素材が高度に融合した建物であると言えるでしょう。
◯美術鑑賞のためだけに徹した空間
千葉にあるホキ美術館。
この建物の特徴は30mも飛び出したキャンティ(建物本体から飛び出ている部分)です。
キャンティはその下の空間を駐車スペースとして、またキャンティそのものをテラスとしても利用できる多様な機能を持つ構造ですが、それにしてもホキ美術館のキャンティは長い。
よく見ると、跳ね出している部分はガラスが水平方向に長く設けられています。
ホキ美術館のキャンティは中骨を二枚の鋼板で挟み込んだサンドイッチ構造で、屋根、壁、床で構成されています。
柱、梁形状のないフラットな面により、カルバート状の構造が形成されているのです。
つまり30mのキャンティは、壁部分が一層分の大きな梁として機能しているのです。
なぜこのように長い空間が作られたかと言いますと、それはオーナーである保木氏のコレクションを全て並べると、500mもの長さになるためです。
絵画のサイズは大小さまざまなので一律に太い廊下は適さず、また公園の反対側は住宅地なので、上下に壁を分割して圧迫感を低減する狙いもありました。
壁面の目地、ピクチャーレールやワイヤーをなくし、鑑賞時の視界には目の前の絵画以外に鑑賞の妨げとなるものがないようにする徹底した空間設計を行った結果、カーブを描きながら幅が細くなり、さらに地下に潜っていくような回廊型になりました。
美術鑑賞という一点にここまで特化した空間は他ではなかなか見られないと言います。
以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。