米中貿易戦争の背景と本質③
大禅不動産研究室は大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)が運営する「ちょっと役立つビジネスコラム」です。
不動産に限らず、地元ネタ、企業経営、歴史と人物、時事、海外ビジネス、職業研究について書いています。今回のシリーズは「米中貿易戦争」です。
■アメリカのネットワーク支配力
元CIA長官で現アメリカ国務長官ポンペオは、中国とは
「知的財産権を侵害し、他国の技術を盗み、強制的に技術移転を行い、人のリソースを強奪する国家」
と公然と批判しました。。
彼の主張は的を射ているかどうかはここでは論じませんが、アメリカ政権がこの種の攻撃を始めたことは注目すべきでしょう。
彼は米中間の対立を貿易から更に新しいレイヤーへと引き上げたのです。
ファーウェイ・テクノロジーズに対する制裁も米中対立の新たな展開を意味しています。
2018年に米連邦通信委員会(FCC)は、オバマ政権で制定されたネット中立性の原則の撤廃を発表しました。
ネットの中立性の原則はオバマ前大統領の要請によってFCCが明文化したもので、インターネットを電気などと同じ「公共財」と定義。
ネットサービス企業や消費者のネットインフラ利用に対し、通信会社がネット接続を管理する立場を利用して不利益な扱いをしないようにするのが目的でした。
これが撤廃されたことで、
・通信回線に負荷がかかるコンテンツ事業者に利用料を課す
・通信会社の傘下企業が運営するサービスへの通信速度を特別に速くする
・追加料金を払ったネットサービス事業者の通信速度を引き上げる
など扱いに差がつけられるようになります。
ネットサービス会社の競争を促し、通信会社の裁量範囲を広げて収益を高め投資を促すメリットが期待される。
その一方で、不公平な扱いを受ける可能性があるとして一部企業や州は反発し、訴訟沙汰にまで発展しています。
接続利用者に事前通知する前提で、プロバイダはサイトをブロックしたり、アクセス速度を遅くしたり、あるいはネットワークを切断したりすることができるようになります。
インターネットという現代文明を代表するインフラの設計思想、基盤技術、そしてサービス、その殆ど全てがアメリカに由来し、今なおアメリカを中心に回っているのは論を俟ちません。
ネットワークインフラを武器に、中国関連の企業や機関に対するアクセス制限措置を外交カードに使ってくる可能性はあるでしょう。
もしネットのインフラを止められたら、銀行、輸送、商業、郵便および通信システムはダウンし、社会は機能不全に陥るでしょう。
アメリカにはサイバー軍(CYBERCOM)という正式な軍種が存在します。
設立は2010年、決してSF小説の話ではありません。
彼らの任務は一言で言えば「ハッカー」です。
・敵対国や敵対者のコンピュータやネットワークの破壊クラッキング
・管理システムの制圧といったネットワーク攻撃
自国のサイバーセキュリティも含み、サイバー空間における攻撃と防衛を担っています。
驚くべき点は、ハッキングといった行為は従来なら隠密でやるべき活動であるはずが「我々はハッキングをやります」と公言しているのです。
当初米軍も、自分たちが他国に対しサイバー攻撃を認めてしまうと、自国への攻撃を正当化してしまうことを懸念していましたが、2016年にいわゆる
「イスラム国(IS)」
に対する作戦行動でサイバー攻撃を実施したと公に認めました。
また後に北朝鮮に対してもインターネット接続妨害を行ったそうです。
ネットワーク攻撃やクラッキング、あるいは知財侵害行為に対して、サイバー軍は攻撃者のIPアドレスを特定し、
ルートサーバーを閉じて攻撃者のサイトを遮断することもアメリカ議会から認められています。
これはなかなか恐ろしい話で、というのもこの
「ルートサーバー」
とはインターネット通信で不可欠な基盤技術DNS(ドメインネットワークシステム)の頂点となる世界に13個しかない「ネットワークの起点」とも言うべきサーバーです。
もし仮にルートサーバーが全てダウンしてしまうと、世界中のURLやメールアドレスが利用できなくなるほど、インターネットというインフラの根幹を担っている存在です。
13のルートサーバーのうち10個はアメリカの組織によって管理され、残り3つはそれぞれスイス、オランダ、日本に分かれています。
このルートサーバーをサイバー軍は閉じたり開いたりできるという、サイバー空間における巨大な生殺与奪権を与えられたのです。
中国だけを対象にしないでしょうが、金融のみならずインターネットという世界インフラにおいても、アメリカは隠然たる支配力を持っているという現実があります。
■長期化・多角化する米中対立
米中貿易戦争はいずれほかの領域にも飛び火するものと思われます。
この大国間の歴史的な対立は短期間のうちには解消しないでしょう。
貿易の対立で言えば、1960年代から1980年代末までの間、アメリカは日本との間で長い間貿易摩擦がありました。
それは30年続いた後、日本はバブルが弾けて経済が崩壊し、「失われた20」に突入します。
大国の中国とアメリカの対立は恐らく50年か、あるいはそれ以上続くかもしれません。
今日の貿易戦争はまだ幕開けといったところでしょう。
米中の対立は世界に何をもたらすのでしょうか?
中国では鄧小平による改革開放後、40年の間で飛躍的な経済成長を遂げ、戦争と革命でボロボロだった後進国から一気に先進国の仲間入りを果たしました。
その功績は中国自身の努力に帰すべき一方、醒めた目線で見直すべきは「中国は本質的に何を開放したのか?」という点です。
中国は自国を、アメリカ主導のグローバル市場経済に対して開放したのです。
あるいは自らアメリカ主導のグローバル経済体制に参加したとも言えます。
中国はこの体制をフル活用し、最大の受益者となり今日まで発展できました。
同じ社会主義国でも体制外で孤立する北朝鮮とは天地ほどの差です。
別に中国の努力を否定するわけではありません。
努力が結果に反映されるのは、どのようなインフラを利用でき、パートナーと結べるかはとても大事です。
しかし、アメリカにとっては中国の勃興は必ずしも歓迎すべきことではないです。
この体制に入って貰ったのはいいものの、甘い蜜を吸わせ過ぎてしまってこちらに損が出ているじゃないか!ふざけるな!
と今のアメリカは思っているでしょう。
「アメリカ・ファースト」と呼ぶトランプの経済ナショナリズムは経済のグローバル化に逆行し、保護貿易主義に繋がると批判されています。
このままでいけば、世界はブロック経済化し、利益の対立が先鋭化して、ナショナリズムが勃興し、戦争の火種にもなりかねません。
今日の問題の根底にあるのは、主に大国間でのグローバリゼーションに対する共通認識の崩壊です。
アメリカはグローバルなインフラがもたらす利益をもはや他国とは共有しないと決めています。
既存の政治、経済、思想に挑戦状を叩きつけるこのスタンスは今後の世界のあり方を大きく揺さぶっていくでしょう。