疫病の歴史・がん

前回に引き続き、人類と疫病の歴史についてご紹介していきたいと思います。

 

今回取り上げるのは

 

「がん」

 

です。

 

世界の死因トップ10に入っている、これもまた人類の歴史とともにあった病気です。

 
がん2
 

■がんとは「細胞の暴走」

がんの歴史は古い。それは様々な場所から出土した人骨からでも伺い知れます。

 

たとえば古代エジプトでは大腿骨と骨盤、頭蓋骨の骨肉腫が見られる人骨が発見されていますし、皮膚がんの治療にヒ素と酢で作った軟膏を用いていたという。

 

がんと思われる記述を確認できる最古の文献も古代エジプトから見つかっています。

 

紀元前2600年頃の医師イムホテプは

 

「どんな治療でもよくならない乳房にできた膨らんだ塊」

 

について記録しています。

 
イムホテプ
 

また古代ギリシアでは乳がんを示すと思われる彫刻品があり、

 

紀元前2000年頃のヒンドゥー教聖典『ラーマヤナ』には、熱した鉄を使って腫瘍を処置していた記述があります。

 

旧約聖書にある

 

「主は彼を撃って臓腑に癒えざる疾(やまい)を生ぜしめ給いければ月日を送り二年を経るにおよびその臓腑疾のため墜ち重き病苦によりて死ねり」

 

という記載は腸がんではないかと指摘されています。

 

近年では人類最古のがん症例が「人類発祥の地」と言われる南アフリカで発見されています。

 

160~180万年前のヒトの足指の骨の3次元画像を撮影したところ、骨肉腫の存在が確認されました。

 

古代の人類はもちろん今の私たちのように、タバコも吸わないし、暴飲暴食をするだけの食べ物もないし、

 

暮らしている環境も汚染されてないわけですから、がんは人類発生とともに体の中に宿命として埋め込まれた種と言えるかもしれません。

 
がん
 

■がんってどんな病気?

がんを表す Cancerは蟹座Cancerと同じ単語です。

 

乳癌の腫瘍の広がる模様が蟹の脚のようだったことから、古代ギリシャの医師ヒポクラテスが「蟹」の意味として古代ギリシア語で「καρκίνος (Carcinos)」と名づけ、

 

後に「Cancer」とラテン語訳されました。

 
かに
 

ちなみに漢字の「癌」に含まれる「嵒」は「岩」の異字体で、

 

「岩のようにこりこりしている」

 

ことを意味しています。

 

ヒトの身体を構成する約60兆個の細胞は通常の場合、細胞数をほぼ一定に保つため分裂・増殖がコントロールされています。

 

一方、細胞増殖時に遺伝子の異常が起きることで、正常なコントロールが外れたままどんどん増殖し腫瘍を形成します。

 

細胞増殖に限度があって、移転がない腫瘍を良性腫瘍と言い、逆に猛烈に増殖・移転を起こす腫瘍を悪性腫瘍と言います。

 

後者ががんと言われる状態です。

 

良性腫瘍の痕跡を示す人骨はさらに古く遡り、南アフリカのマラパ遺跡で発掘された198万年前のアウストラロピテクスの脊椎から良性腫瘍が見つかっています。

 
アウストラロピテクス
 

■がんの諸症状

がんは進行すると概ね以下の症状が現れます。

 

・無制限に他の組織に必要な栄養を奪いながら増殖するので、体が急速に衰弱します。

 

がん患者が痩せていくのはこのためです

 

・臓器が機能不全に陥ります。

 

罹患する器官によっては肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がん、皮膚がん、乳がん、

 

前立腺がん、子宮がん、皮膚がんなどがあり、さらに「血液のがん」と言われる白血病があります。

 

具体的な症状としては器官の特有のものもあれば、共通する症状もあります。

 

例えば日本で部位別がん死亡数第1位の「肺がん」ですと、咳や胸の痛み、呼吸困難などがあります。

 
肺がん
 

ただこれらは肺がんに特有の症状ではなく、また進行してもこうした症状がほとんど出ない場合もあります。

 

肺はとても鈍感な臓器なので、早期発見が一層難しいといわれています。

 

■がん研究の歴史

がんの病理学研究もペストやコレラといった疫病同様、近代まで待たなくてはいけません。

 

今日では放射線や抗がん剤を使うところ、昔は外科的処置が主な方法でした。

 

ローマ帝国時代の医学者ガレノスは前述のヒポクラテスの唱える四体液説に基づき、がんは黒胆汁の過剰が原因だとし、17世紀頃までこの学説が通用していました。

 
ヒポクラテス
 

この四体液説とは、人体は血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁で構成され、これらの調和によって身体と精神の健康が保たれ、調和が崩れると病気になるとする説です。

 

がんの罹患者はいたはずですが、中世ヨーロッパにはがんに関する記録は実はほとんど見当たらないのだそうです。

 

恐らくですが、ペストやコレラといったパンデミック級の疫病の猛威の陰に隠れて目を向けられなかったのではないかと。

 

ルネサンス期に入って顕微鏡や科学的実験方法が開発されたことで研究が進み、19世紀後半に細胞学説が確立され、がんの病理が解明されていったのです。

 

■がんを引き起こす外的要因

以前に結核のコラムで紹介したように、病気の発生には産業の発展や都市化といった環境要因も深く関わっています。がんとて例外ではありません。

 

18世紀のロンドンのセントパーソロミュー病院の外科医、パーシバル・ポットは当時の外科学誌に

 

「或る特定の人たちにのみ起る従来注目されなかった病気、すなわち煙突掃除人のがん」題する論文を発表しました。

 

「それはつねに陰嚢の下部にあらわれる。

 

痛みをともない、固い隆起した潰瘍となり、職人たちはススイボ(煤イボ)といっている。

 

彼らの運命はまったく悲惨である。小さいときから煙突のなかにもぐりこまされ、全身ススだらけになり、火傷をしながら、ススを掃除する。

 

そして青年期になると、しばしばこのもっとも悲惨な死病にとりつかれる。

 

ほかの職業にたずさわる人たちには見当らない。

 

これは陰嚢の皮膚のシワの間にススが入り込んで、その刺激から起るものと思われる」

 

ポットは、煙突掃除人の職業病といえる陰嚢がんが、ススに原因があること、約10年の潜伏期があること、早期手術をする以外に治療法がないことなどを論じたのです。

 

当時のイギリスでは都市化と産業化に伴い、住宅や工場での燃料の消費が増え、そのため煙突掃除人という職業が存在していました。

 

煙突内に溜まったススを掃き落とす苛酷な仕事なのですが、潜り込むためにまだ体が小さい貧民の子どもたちが雇われたわけです。

 
煙突掃除
 

石炭、木炭、石油の不完全燃焼によってつくられるスス(カーボン・プラック)は、コールタール系の発がん物質であることは証明されています。

 

ススをはじめ、今日ではタバコのような発がん性物質に触れる機会が多い人の発がんの確率は高く、

 

ヒトに対する発がん性が明らかに証明されているものだけで120種類、恐らく発がん性があるものと考えられているものは81種類あるとされています。

 

詳しく知りたい方は国際がん研究機関(IARC)のサイトで調べてみてください。

 

■がんの生存率

医学が発達した現在ではがんは不治の病ではなくなりました。

 

国立がん研究センターによれば、2009~11年にがんと診断された患者の5年後の生存率(5年相対生存率)は64.1%だそうです。

 
国立がん
 

早期発見や治療法の改善により生存率が徐々にではありますが上がってきています。

 

がんの進行度を3段階に分けた時の生存率は

 

・がんが臓器や組織に留まっている早期: 92.4%

 

・周辺へ広がった中期: 58.1%

 

・離れた部位にも転移した後期: 15.7%

 

となっており、生存率向上に特に重要なのはやはり早期発見・早期治療とのこと。

 

私もある方からの助言に従い、去年人生で初めてがん検診を受けました。

 

何かあっては後悔先に立たずだと思います。

 

皆さんもぜひ検診をおすすめ致します。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸事務所)からでした。

 

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