建築史シリーズ 日本の近代建築⑮
弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。
そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、
そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。
とは言え、私は専門的に教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。
本物のデザイナー、建築家というのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。
このシリーズではそうした美に携わってきた建築家たちを中心にご紹介していきます。
◯遠藤於莵
遠藤於莵は日本における鉄筋コンクリート技術の先駆者の一人に数えられます。
遠藤は鉄筋コンクリート構造(RC造)の新技術に関心を抱きましたが、明治末年当時はまだ試行錯誤の時代で、古典様式が依然として主流を占めていました。
そんな中、遠藤は古典の価値観と決別し、鉄やガラスなどの新たな素材と、美の共存を模索した鉄筋コンクリートによって、機能としての構造の堅牢性と、表現としての意匠の可能性を追求しました。
素地のまま打ち放す表現、レンガや石を貼って組積造のように見せる表現など、デザインの多様性にそのことが現れています。
横浜第二地方合同庁舎
横浜第二地方合同庁舎はもともと横浜生糸検査所庁舎として、輸出される生糸の検査機関として建てられました。
鉄筋コンクリート造4階建て、柱型レンガ積みの建築です。
本来、レンガ造と鉄筋コンクリート造は全く別物の工法です。
ただ、遠藤は、赤レンガを積んだ型枠にコンクリートを流し込む工法を採用することで、レンガ造と鉄筋コンクリート造の融合を図り、レンガ建築に慣れ親しんだ明治の都市景観に配慮しました。
三井物産横浜支店1号棟・2号棟
遠藤が初めて手掛けた全RC造の建築で、今なお現役として活躍しているレトロオフィスビルです。
壁面は古典様式の列柱やアーチの窓などの装飾を排して平滑とし、レンガ造や石造の重厚さを白いタイルで表現しています。
構造はアンネビック式の鉄筋コンクリート造。
アンネビック式は、フランス人のアンネビックが明治25年に取得した特許に基づく構造方式で、それまでバラバラであった柱、梁、床を一体化させた工法です。
日本では大倉土木組(現大成建設)が注目し、明治42年にフランスから3人の技師を招いて日本に技術を普及させました。
◯野口孫市
野口は、帝国大学工科大学で辰野に学んだ第2世代の一人です。
明治の古典様式偏重の建築から、大正期になって新局面を切り拓いていく世代の代表的な建築家です。
野口は、当時流行していたアメリカン・ルネサンス様式に触れて強い影響を受け、この様式の国内第1号ともいわれる大阪府立図書館 (現大阪府立中之島図書館)を設計しました。
住友活機園洋館
木造2階建てのコロニアル風建築。
滋賀県大津市にあり、元は住友財閥2代総理事・伊庭貞剛が引退後に居住した邸宅でした。
明治時代後期を代表する邸宅建築です。
「活機」とは「俗世を離れながらも人情の機微に通じる」という意味だそうです。
「明治後期の大邸宅の姿を完全に伝える稀有な例」として平成14年に建物6棟と土地が重要文化財に指定されました。
和洋併置式となっており、洋館は公的な接客の場、 和館は日常生活の場として使用されました。
大阪府立中之島図書館
住友家によって建てられた後に大阪府に寄付されたもので、現在は重要文化財となっています。
レンガ造と石造の組み合わせによる建築で。十字形平面、ポーチコ、ドームによって、典型的なパラディアン様式となっています。
中央部にドームを戴き、ペディメントを載せた正正面ポーチコは4本のコリント式オーダーの柱で支えられています。
◯鈴木禎次
鈴木は、名古屋の都市の近代化に貢献した建築家の一人です。
特に、日本の建築家としてはじめて公園計画を試みた人物として知られています。
また、大正元年に中京地区で建てられた最初の鉄筋コンクリート造とされる共同火災保険名古屋支店をはじめ、名古屋における高層建築の先駆けとなる北浜銀行名古屋支店(八層閣)を建てるなど数多くの銀行や百貨店などを手掛けています。
鶴舞公園
鶴舞公園は、明治43年に開催された第10回関西府県連合共進会の会場となった公園です。
この年は徳川家康が名古屋城を築城した慶長15年から300年を記念する節目の年で、名古屋にとっては、城下町から近代都市へと発展していく画期となった記念の公園です。
共進会の終了した後も公園として再整備し、地形を活かしたフランス風の回遊式庭園となっています。
高島屋東別館
高島屋東別館は、ネオ·ルネサンス様式のデザインをもつ百貨店建築で、もとは松坂屋大阪店として昭和3年に建設されました。
内部は、全体としてはアール・デコ調でまとめられています。
これは建物がアール・デコの流行時期に建てられたことに加え、百貨店建築であることも影響していると考えられます。
百貨店は銀座に始まりますが、当時の銀座の百貨店にはアール・デコのデザインが用いられていました。
◯武田五一
武田は辰野金吾から数えて第2世代であり、この世代をリードした人物で、辰野の後継として期待されていました。
明治2年に実測図面を織り交ぜながら利休から遠州に至る茶室の流れを記した「茶室建築に就いて」を発表し、これが建築家による初の茶室研究となりました。
また、明治33年に欧州留学をしたことで、当時隆盛を迎えていたアール・ヌーヴォと出会い、それを日本に伝え、明治後期にかけてその影響を受けた福島行信邸などの作品を手掛けています。
京都府立図書館
京都府立図書館は日露戦争の勝利を記念して新築されたレンガ造の建築です。
平成7年の阪神淡路大震災で大きな被害を受け、平成12年にファサード部分を残して背面に鉄筋コンクリート造4階建ての新館を建てる構成となり、平成13年に新たな図書館として開館しました。
ファサードは、古典様式を意識しながらも柱型によって細かく分割され、壁面は平坦でグラフィカルで版画的なデザイン。
武田が強い影響を受けたアール・ヌーヴォーベへの意識が感じられます。
藤井斉成会有郷館
藤井斉成会有郷館は、 藤井紡績の創業者である藤井善助が収集した中国関係の美術品を展示する私設美術館です。
全体としてはセセッションを基調としたデザインとなっています。
頂部には朱塗りの八角堂が載り、バルコニーには雷紋風の装飾が施されています。
また入り口には昇り龍のテラコッタ装飾が用いられています。
壁面の構成はアシンメトリーで、窓形状は1階と2階が方形、3階は半円アーチ。
各階ごとに窓下の装飾を変えるなど異なる構成をとっています。
古典様式の雰囲気を残しながらも、そこからの新しい様式への挑戦が伺える作品ですね。
以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。