医療の歴史・コカイン
今日のように、病原菌を遺伝子レベルで把握し、ワクチンや抗生物質、薬や手術の開発ができるようになるまでに、それこそ神頼みの時代から長い年月にわたる試行錯誤がありました。
前にご紹介した水銀しかり、ヒ素しかり、今の常識では考えられないような医療が有効だと信じられていたケースも過去にはありました。
そうした先人たちの悪戦苦闘の積み重ねが、今日の最新医療を成す土台になっているに違いありませんが、それにしてもびっくりを通り越して笑ってしまうような医療法が存在していました。
今回は引き続きそうしたびっくり仰天な医療の歴史をご紹介していきたいと思います。
■知られざるコカ・コーラの由来
アメリカ最後の内戦だった南北戦争で、南軍の中佐だったジョン・ベンバートンという男がサーベルで胸を貫かれるという瀕死の重症を負いました。
幸い彼は生き延びたのですが、薬剤師でもあった彼はこの時さまざまは薬草を調合して、鎮痛剤のモルヒネに代わるものはないかと自身で試したそうです。
その実験の中で彼は「コカの葉」に目をつけます。
戦後ベンバートンはコカの木から「コカイン」を精製し、これを少量加えたアルコール入りの薬用ドリンクを開発。
これが世界一の大ベストセラー飲料
「コカ・コーラ」
の最初の姿なんですね。
コカ・コーラはもともと、モルヒネ中毒者の鬱やヒステリーの治療薬として販売されていたのです。
「フレンチ・ワイン・コーラ」という商品名でしたが、後にコカ・コーラと短縮されます。
ちなみにコカ・コーラの「コーラ」は、アフリカ原産のコーラナッツのエキスに由来します。
カフェインが含まれているそうで、現地の人々は刺激が欲しい時にこの実を噛んでいたそうです。
さて、後にコカインの有害性が明らかになると、1903年コカ・コーラの原材料からコカインが正式に取り除かれるようになりました。
私たちはいま飲んでいるコカ・コーラにはアルコールもコカインも含んでおりませんが、コカの風味は残しているそうですよ。
■ハイになれる葉っぱ
コカインもまた例に漏れず、紀元前から精神刺激薬として用いられてきました。
南米原産のコカノキから生まれ、かつてインカ帝国ではインカ族がコカの葉を噛んでそのエキスを吸っていました。
葉を噛むとエネルギーが湧く、元気になる、シャキッとなる、暑さを感じないなど、そうした効能を原住民は求めていたようです。
16世紀になり、スペイン人がインカ帝国を征服するとコカの葉がヨーロッパにもたらされます。
1855年、ドイツのフリードリヒ・ゲードケが初めてコカの葉から有効成分を単離し、さらにアルベルト・ニーマンが単離法を改良し「コカイン」と命名しました。
またパオロ・マンテガッツアというイタリア人医師はペルーまで旅をしてコカの葉を入手し、自分の体で効果を検証していました。
コカの葉を少量噛むと空腹を感じにくくなり、大量に噛むと「ハイ」になれるといった効果を書き記しています。
マンテガッツアは自身の実験記録をもとに「コカの健康的価値と医療的価値について」と題する小冊子を発行すると話題を呼び、コカインが一気に注目を浴び、
学者、アーティスト、作家といった頭を使う仕事をする人々の間でコカインが流行り始めます。
危険性が認知される前はほかの麻薬と同様、コカインもその有用性をもって人間社会に受け入れられていったのです。
■コカインにハマった有名人たち
コカインにハマった有名人は数多くいます。
オーストリアの精神科医、かのジークムント・フロイトも若い時はコカイン依存症に陥っていました。
彼は自身が服用するだけでなく、患者に対してもコカインを処方していました。これによって依存症になった者も多かったでしょう。
それから架空の人物ですが、シャーロック・ホームズ。
イギリスの小説家・アーサー・コナン・ドイルの手による世界一有名な探偵です。
天才的な推理力を持つ切れ者のシャーロックですが、実は作中ではコカインを皮下注射するくらいのヤク中なんですね。
まあ合法な時代だったからそんなことができたわけですが、でないと真っ先にお縄になるのは彼だったでしょう。(笑)
■コカイン入りのワイン
コカイン関連の食べ物でコカ・コーラに次ぐヒットを放ったのがコカイン入りのワインでした。
先述のマンテガッツアの研究を読んだフランス人化学者、アンジェロ・マリアーニは、フランスの名産であるワインにコカの葉を浸してみたところ、高揚感が味わえるワインが出来上がったのです。
これに商機を見出したマリアーニは、コカインが染み出したワインに自分の名前を冠して「マリアーニ・ワイン」として売り出すと、大ヒット。
彼は化学者でありながら一躍億万長者になります。
この薬用酒はさまざまな有名人を虜にしました。
先に述べたアーサー・コナン・ドイルはじめ、アレクサンドル・デュマ、ヘンリック・イプセンら有名作家たちはみな「マリアーニ・ワイン」を愛飲していました。
さらにイギリスのビクトリア女王も「マリアーニ·ワイン」のファンであったし、ローマ教皇のレオ13世やピウス10世も同じくこのハイになれるワインを存分に楽しんでいました。
発明家トーマス・エジソンもこのワインを飲んで徹夜の実験に臨んだと言われています。
99%の努力も1%のひらめきもコカインによって駆り立てられたと言ってもいいのかもしれません(笑)
■歯と痔に効く?
コカインは麻酔にも優れた効力を発揮するので、局所麻酔薬としても用いられていました。
コカインの麻酔効果をフロイトは知人の眼科医に薦め、その眼科医はコカインの性質が目の手術に応用できるのではないかと考えので、
自分の目にコカインの溶液を注して角膜をピンセットで突くというアグレッシブな実験を行ったところ、圧力以外は何も感じないことが判明。
実際に手術でコカインを麻酔に使ったところ、手術は成功。
こうしてコカインを使った局所麻酔は歯科や外科などに普及していきました。
その成果が論文で発表されると、今度はアメリカ人の医師が歯の処置の際に患者にコカインを服用させて口内を麻痺させる実験を行いました。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、医薬品メーカーが次々と創業するなか、各社はこぞってコカインの鎮痛作用に飛びつきました。
歯の痛みを抑える歯痛薬や、痔を縮小させる座薬にコカインが使われ、人気を博すようになります。
■ダメ。絶対。
前回ご紹介したアヘン同様、コカインも人類の歴史の中では毒物よりも薬として扱われてきた歴史の方が長い代物です。
が、今日ではコカインはれっきとした薬物。
過剰摂取によって心臓発作や脳卒中、呼吸困難、そして被害妄想を引き起こすことがわかっています。
またよく知られている症状に「蟻走感」というものがあります。
コカインには神経を興奮させる作用があるので、気分が高揚し、眠気や疲労感がなくなり、体が軽く感じられ、腕力、知力がついたという錯覚が起こります。
強い多幸感のわりに効果の持続期間が短いため依存性が高く、一日に何度も乱用するようになり、
それが続くと幻覚が現れたり、虫が皮膚の中や外で蠢いたり、皮膚から虫が出てくるような不快な感覚に襲われ、体中に引っかき傷をつくったり、実在しない虫を殺そうと自らの皮膚を針で刺したりすることもあるとか。
英語ではcoke bugs(コーク・バグ;コカインの虫)と呼ばれているようです。地獄のような恐ろしい症状・・・。
私もコーラが好きです。特に暑さが増しゆく今日この頃、キンと冷えたコーラはまさしく命のガソリンです。
ただ、もし生まれる時代が違っていたら、私もコカイン中毒者の一人になっていたのかもしれません。
ホント、今の時代に生まれてよかったとつくづく思います。
以上、大禅ビル(福岡市 赤坂 賃貸オフィス)からでした。