デザイナーたちの物語 フィリップ・ウェッブ
弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。
そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、
そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。
とは言え、私は専門的にデザイナーとしての教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。
本物のデザイナーというのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。
○職人の手仕事にこそ美が宿る
今回ご紹介するのはイギリスの建築家、フィリップ・ウェッブです。
19世紀後半のイギリスでは産業革命以降、機械化による粗悪品の増加、工場労働における人間性の喪失に対して、手仕事による中世的なギルド再興の思想が生まれていました。
その思想をベースに、イギリスの思想家であるウィリアム・モリスは、絵画や彫刻のみを芸術とする従来の価値観を批判、
工芸品を「小芸術」と位置づけ、民衆の生活の中に職人の手仕事の芸術を取り戻す「アーツ・アンド・クラフツ運動」を興しました。
大量生産へのアンチテーゼとして、より人間の血の通った手作りに立ち返ろうというわけです。
この運動はやがて近代デザイン史上に大きな影響を与えることになりますが、その運動を建築家として後押ししたのがウェッブでした。
オックスフォードで生まれたウェッブは、バークシャーの建築デザイン会社に就職し、伝統的な建造物の修繕を専門とする建築家のもとで修行した後、ロンドンに移ります。
その間にモリスと出会い、さらに自身の事務所を設立します。
ウェッブがデザインした建築や家具は、中世やゴシック·リバイバルの影響を受けながらも、独自性と実用性に支えられたモダニズムの萌芽が見られるものでした。
ウェッブとモリスは、イギリスにおける芸術と工芸品の新しいムーブメントを作った旗手となり、1877年に古代の建物の保護のための協会も設立しています。
◯代表作2作品
ではここで、ウェッブの作品を幾つかご紹介します。
スタンデンハウス
サセックスに建てられたウェップ晩年の建築作品です。
ロンドンの著名な弁護士夫婦のために建てられた住宅で、室内にはモリスのデザインしたカーペットや壁紙が使用されました。
レンガや石、木材といった多様な材料が使われた複雑な外観ですが、丘の中腹に配置し、周囲の中世的な農園風景の中の建築群になじませるように設計されています。
レッドハウス
ロンドン郊外に位置する、ウィリアム・モリスの思想が初めて実践された自邸です。
16世紀イギリスの住宅様式として発展したチューダーゴシック様式をデザインに取り入れ、 名前の由来でもある赤レンガを外壁に使用しています。
ちなみにこの作品は、住宅に赤いレンガを使った最初の例として有名です。
上げ下げサッシ窓は枠と桟が白く、レンガ壁に映えるようにデザインされており、
庭を囲むようにL字形に配されたプランは、ゴシック様式に典型的な非対称性をかたちづくっています。
実用的な煙突は大胆に見せ、急峻な屋根とともに美しい絵画的な造形となっています。
また、道路から建物は見えず、門を入っても建物は正面からずれて建っています。レッドハウスは外観よりも、内部や庭を意識した建物と言えますね。
なので旧来の建築とは異なり、部屋の機能と配置によって窓の大きさや位置などが決められています。
レッドハウスは内装までトータルに設計されており、「生活と芸術の融合」というアーツ・アンド・クラフツの思想が体現された住宅と言われました。
後に建築・美術・生活に至るまで大きな影響を与え、手工芸の地位の向上という社会構造の変革まで引き起こし、アーツ・アンド・クラフツ運動の原点になっていったのです。
◯モダンデザインの先駆け
先程も言ったように、産業革命後のイギリスには、工場で大量生産された品々が溢れていました。
そんな時代において、手仕事による美しい物づくりの価値を主張したのがウィリアム・モリスでした。
モリスは、中世から続く職人による手仕事や、素材をシンプルに生かすデザインの中に自然な美を見出しました。
レッドハウスはモリスとその仲間たちが自身の美意識をもって建物だけでなく内装や家具もデザインした、極めて質の高い住宅です。
一般的な住宅にアートを融合させたレッドハウスは、モリスとその仲間による芸術思想の実践の場となり、すべての内装、家具などインテリア、プロダクトのデザインと製作は彼らの手技でなされました。
機械による工業化一辺倒であった時代に、職人たちが誇りをもってこの作品の製作に当たったこともまた、特筆すべき点だったと言えます。
それだけでなく他国の工芸、デザインシーンにも大きな影響を与え、日本だと柳宗悦による大正時代の民芸運動にも大きな影響を及ぼしています。
1861年、ウェッブは処女作でもあるレッド・ハウスを手がけたモリス、そして仲間たちとともに、
ホール、壁紙、ステンドグラス、ガラス食器、刺繍、家具などを製作販売するモリス・マーシャル・アンド・フォークナー商会を設立します。
ウェッブは商会専属のデザイナーとして家具やステンドグラスのデザインに携わりました。
この商会、なんと一世紀以上経った今もMORRIS & Co.という名前で続いており、世界中で根強いファンに愛され続けています。
ウェッブのデザイン実践の背骨となる思想の提唱者であるモリスは、19世紀を代表するイギリスの偉大な芸術家かつ思想家で、ある意味ウェッブよりも重要な人物。
彼についてはまた別の機会にご紹介したいと思います。
◯WAZAの復興にかける思い
モリスとウェッブが推し進めたアーツ・アンド・クラフツ運動は、以前私が関わらせて頂いた
福岡県大川市の家具職人を中心とする伝統工芸プロジェクト「WAZA DEPARTMENT」と相通じるところがあります。
プロジェクトの目的は「伝統×革新」。
伝統工芸のDNAに今の時代のセンスを吹き込むことで新しい美を創造し、デザイン、イベントプロデュース、ブランディングといった領域での事業創出を目指すものです。
このプロジェクトは、本ブログでも掲載中のエストニアプロジェクトとクロスするポイントも多々あり、私もメンバーの一人として幾度もエストニアに飛びました。
私も運営に携わった2018年暮れに大川市で開催されたイベントが、まさに「クラフトマンズデイ」という名前でした。
家具職人とイタリアのデザイナーとのコラボ作品の展示、伝統芸能のパフォーマンス、一流シェフが地元食材を使って組み立てた美食の数々。
日本含め、世界各国から来られた数百名の来場者に「伝統×革新」に対する本気、そのクオリティの高さを、日本発の新しいおもてなしの形を通じて余すところ無く表現されていました。
この時の感動は今でも覚えています。
なので、職人たちの技術、つまり技=WAZAの復興にかけるウェッブとモリスたちの思いの深さを、
大川市の職人さんの生き様を見てきただけに、例え時代は異なえども、とても共感を覚えるのです。
以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。