スターバックス物語⑦
大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)のある舞鶴と、舞鶴の隣の赤坂にそれぞれスターバックスがあります。
いつ行っても賑わっており、私もよく使います。
スタバの空間は魅力的です。
店の雰囲気にも、コーヒーの味にも私はさしてこだわりはないものの、スタバだけはなぜか、他のカフェにはない
「特別感」
を感じさせてくれるんですね。
それはたぶんスタバには、スタバから生まれたDNAみたいなものが、商品、サービス、理念の隅々にまで浸透しているからではないかと思います。
お店をそっくりそのままコピーして増やしていったような、お洒落さのバーゲンセールのようなチェーン店とは一線を画す、
強烈な「スタバらしさ」のルーツが強調されているように感じます。
スタバも確かにチェーン店であることに変わりはありませんが、チェーン店といえど、それぞれの店が店ごとに個性を強く発していて、
それでいながら「ザ・スタバ」という「らしさ」を余すところなく代表している。
今回はこの「スタバらしさ」が失われたことで起きた経営危機と、それをハワードらがどのように乗り越えていったのかについてご紹介していきたいと思います。
■スターバックス、経営の危機!
まだシアトルの一コーヒーチェーンに過ぎなかった創業初期のスターバックスを買収し、
グローバル企業への先鞭をつけた中興の祖であるハワード・シュルツは、2000年に引退しました。
このまま飛ぶ鳥を落とす勢いかに見えたスターバックスでしたが、その後業績に陰りが見え始めます。
2007年には株価が42%急落し、2008年には上場以来初めて赤字に転落してしまう。
なせか。
「スタバらしさ」が失われたからです。
それは
「スターバックスだからこそ得られる体験」
が失われることでもありました。
上場企業となったスターバックスは、生き馬の目を抜くウォール街の投資家から四半期ごとの収益への凄まじいプレッシャーにさらされます。
投資家の提案が経営的に妥当なものであればまだ許せますが、これも資本主義の常というか、大半の投資家は結局
「利益はいくら出るの?」
「結果はいつ刈り取るの?」
にしか関心がありません。
彼らの近視眼的な提案はスターバックスの「らしさ」を引っ剥がしてしまうのです。
またスターバックスも、投資家たちの利益至上主義から自分たちのDNA、目に見えない無形の価値観を死守しうるだけの足腰がありませんでした。
「店舗展開のスピードを挙げてフランチャイズ制を進めよう」
「品質を5%落とせば数百万ドルの経費削減になる」
「リーダーシップ研修を中止してはどうか」
投資家たちの提案によってスターバックスは金銭的な利益を追求する凡庸なコーヒーチェーン店に成り下がってしまったのです。
■スターバックスの価値を消滅させた悪手の数々
既存店の売上げを伸ばすために、スターバックスでは朝食メニューにホットサンドを加えます。
「朝食用に温かい食べ物が欲しい」
という利用客の要望に応えるためでした。
しかしその結果、コーヒーの香りがサンドイッチのチーズが焦げる匂いで打ち消され、
店内に足を踏み入れた時にコーヒーの豊かな香りに包み込まれるスターバックスならではの特別感、
「スターバックス体験」
を大きく損なってしまったのです。
また、エスプレッソを効率的に淹れるために導入したマシンは背が高く、客からキッチンに立つバリスタの顔を見ることができなくなり、
バリスタたちへの訓練が不十分なためエスプレッソの命とも言えるミルクの泡立て方の質を大きく落としていました。
さらにコーヒー豆をその場で挽くのではなく、予め豆を挽いて袋詰めにし、店舗で開封するやり方に変更し効率化を求めた結果、
コーヒー豆の香りが大きく失われてしまったのです。
とどめは競合であったマクドナルドがしかけた
「1ドルエスプレッソ」
のキャンペーン攻勢でした。
これによりスターバックスの顧客が一気に離れ、赤字へと転落していったのです。
雑誌では
「スターバックスコーヒーの味はマクドナルドより下」
と書かれる始末。
顧客にとってスターバックスは、スターバックスらしい独特の体験を提供してくれる場所ではなくなったのです。
■ハワード・シュルツ、復帰。
ハワード・シュルツはCEOへの復帰を決意し、2008年から再びCEOに就任します。
岐路に立たされていたスターバックスの復興は彼の双肩にかかっていました。
彼が徹底したのは「原点回帰」。
特別な体験を通じて、顧客とスターバックスとの関係を今一度構築し直すことでした。
まず挽きたてのコーヒーの香りを台無しにするサンドイッチを撤去し、従業員とその家族に素直に謝罪します。
そして、全米のスターバックス店舗を一時的に完全に閉めさせるという大胆な決断を下し、1万2000人のスターバックス店長と会議を開いたのです。
そこでは周囲の反対を押し切って、自社のありのままの経営状況を説明し、ビジョンと危機感の共有を行い、
そして完璧においしいエスプレッソの入れ方をすべてのバリスタに再研修させました。
改革には出血も伴いました。
店舗を全て閉じたことで失った利益は8億円とも言われていますが、彼はそれでも今のスターバックスをそのままにする方がリスクだと考えていました。
数百店舗を閉鎖し、数千人を解雇しなければなりませんでした。
ハワードの徹底した改革でスターバックスは全社を挙げて危機に立ち向かい、わずか三年後には過去最高の業績を達成したのです。
■ミッション・ステートメントを再びDNAに織り込むには?
企業の存在意義であるミッション(使命)が存在し、その目標を明確に示したのが
「ミッション・ステートメント」
です。
それは企業として現在の取り組みや行動が適切であるか判断する基準なのです。
「お金を稼ぐ」ことは企業が事業活動を行う目的の一つではありますが、少なくともスターバックスはそれが一番の目的であってはならないはずでした。
ハワードはCEOに復帰してすぐ新しいミッション・ステートメントを発表します。
スターバックスの新しいミッション・ステートメント、それは
「人々の心を豊かで活力あるものにするために―一人のお客様、一杯のコーヒー、そして一つのコミュニティから」
でした。
奉仕すべき対象は自社の利益ではなく、お客様の心なのです。
彼はミッション・ステートメントを単に「飾り物」にしませんでした。
マネージャーや従業員に丁寧に伝え、
「私たちは何を目指しているのか」
を伝え、生きた行動指針として落とし込みます。
「伝え方」に関してハワードは印象的な言葉を残しています。
「わたしはずっと以前から、業務上の命令においても、人々に刺激を与えるときも、言葉や表現には大きな力があることを信じている。
複雑で仰々しい言い回しをせず、感情や意味を簡潔に、疑問を残さずになにが期待されているのかを伝えるのが最適だ」
「あるとき、わたしは部屋いっぱいのシニアリーダーたちに言ったことがある。『原点に戻らなければなりません。泥まみれになっても頑張りましょう』。
自然とこう言っていた。『手を泥だらけにして頑張りましょう』手を目の前に掲げ、そう呼びかけた。
このたとえが気に入った。わたしの伝えたいことをよく表しているからだ。
その日以来、すべての職位の人々に対して何度も繰り返し使った」
■スターバックスのDNAは「目に見えない価値」
ウォール街の利益至上主義に飲み込またスターバックスは、結局「数字」によってしか自身を定義できなくなってしまったのです。
店舗数、客の数、そして売上。
これでは単なる資本主義ゲームでの金儲けの一装置です。
本来のスターバックスの価値は、そうした目に見える数字を超えたところにあったはずで、それはハワードが言うように、
質や価値、地域社会、絆、敬意、尊厳、人間性、説明責任
でした。
世界がこうした観点からスターバックスを見るようにするのが彼らの使命で、実際彼らは自らの使命を果たし、
スターバックスのDNAを取り戻したのは称賛に値する偉業と言っていい。
ただ私は、どんな崇高な理念よりも、スターバックス再生のエンジンとなったハワードの以下のような純粋な気持ちに勝るものはないと思いますね。
「なぜわたしがCEOとして復帰したのか、そして、なぜCEOを続けているのかを不思議に思う人がいる。
『そんな必要はないはずだ。なにが彼をやる気にさせるのだろう』と。答えは簡単なことだ。
この会社を愛しているからである。そして、それに伴う責任も。」
以上、大禅不動産研究室よりお送り致しました。