建築史シリーズ 美を演出する日本建築たち

弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。

 

そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、

 

そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。

 

とは言え、私は専門的に教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。

 

本物のデザイナー、建築家というのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。

 

このシリーズではそうした美に携わった先人たちが紡ぎ上げてきた建築の歴史を中心にご紹介していきます。

 

◯機能性以外の間口の価値

曼殊院は、京都市左京区にある天台宗の寺院です。

 

 

青蓮院、三千院、妙法院、毘沙門堂門跡と並び、天台五門跡の一つに数えられ、国宝など多くの文化財を有し、紅葉の名所でもあります。

 

この曼殊院にある茶室、曼殊院八窓軒は、ひときわ開口部に特徴を持っていることで知られています。

 

開口部とは、部屋に設けられた窓や戸の部分を指し、通常、住まいの開口部は、光や風を取り込むためや、出入りのために設けられています。

 

しかし、茶道の世界において、開口部は採光、通風、出入り以外の意味を持つようになりました。

 

茶道とは、茶を点てる作法により精神を修養するという千利休が大成した思想です。

 

江戸時代、設計者は茶にふさわしい場の演出と意味を開口部によってもたらすことを考えました。

 

開口部の数や大きさで、この茶室の亭主が「どんな空間にしたかったか」をうかがい知ることができるのです。

 

亭主のいる点前座はまさに舞台の中心です。

 

あらゆる開口部からさまざまな光が亭主の茶を点てる行為を照らします。

 

なかでも東の窓は繊細な表情を見せてくれ、障子に淡いピンクや鈍い緑が微かに浮かんで見えるのです。

 

この窓を虹窓といいます。

 

四季、時間の移ろいとともに光と外部の自然は変化するので、この茶室には二度と同じ空間は現れません。

 

繊細な日本人の感性が生み出した空間といえるでしょう。

 

◯合掌造りの秘密

世界遺産である白川郷合掌造は、扠首と呼ばれる構造で出来ています。

 

 

白川郷が歴史に登場するのは、鎌倉初期。

 

白川郷のある地域では古くから養蚕が集落の暮らしを支えていました。

 

養蚕には大きな空間が必要で、また豪雪地帯でもあったため、雪が少しでも落ちやすいように急勾配の屋根にする必要がありました。

 

こうした背景から、扠首構造の屋根裏大空間が誕生したのです。

 

扠首構造には多くの知恵が詰まっています。

 

扠首と横木、はがいは縄で縛り、金物を使わないことで弾性が生まれ、雪や風の力をしなやかに逃せます。

 

また、屋根の骨組みの扠首は梁に載っているだけで、これにより強風の揺れが下部に伝わりづらくなっています。

 

白川郷の扠首構造は多くの必然から生まれました。

 

集落の人々の暮らしを支えるための用途に対応し、構造的な強度を確保し、自然と調和した美しさをもつ風景。

 

それが白川郷なのです。

 

◯江戸の学校建築の傑作

江戸前期に建てられた旧閑谷学校は、現存する日本最古の庶民のための学校であり、学校建築としては唯一国宝に指定されています。

 

 

岡山藩の初代藩主であった池田光政は儒学に力を入れていました。

 

武士の子弟のみならず、庶民のための学校として寺子屋を藩内に100か所以上設けられました。

 

旧閑谷学校もその一つでした。

 

当時は他の寺子屋と同様、茅葺き屋根の質素な建物でした。

 

池田光政の引退以降、藩の財政が厳しくなるにつれて寺子屋は閉鎖されていき、唯一開谷だけは残されました。

 

これは「閑谷を後世まで廃さずに残して欲しい」という池田の遺言によるものでした。

 

大願を引き継いだ岡山藩士、津田永忠は、この地に豪壮かつ堅牢な講堂を建てることで、その想いを具現化しようとしたのです。

 

そこでまず津田永忠が目を付けたのが地元の産業、器や装飾品に使われていた備前焼でした。

 

備前焼は高い温度で焼き締めるので耐久性が高く、軸を使わなくても水が吸い込みにくいという特徴があります。

 

現在使われている約2万3千枚の瓦のほとんどが破損することなく、当時のまま使用されています。

 

通常の瓦の寿命が60年ということを考えると、備前焼の瓦がいかに優れているかがわかります。

 

旧閑谷学校の屋根がすごいのは備前焼の瓦だけではありません。

 

木材の腐食を防ぐため、画期的な防水対策が施されていたのです。

 

通常の屋根は、野地板と呼ばれる下地板の上に薄い板を何枚も重ねたものを並べて水の侵入を防いでいますが、旧閑谷学校ではその上にさらに、渡し板と呼ばれる立派な板が設置されており、さらに板のつなぎ目には漆を塗り、下層に雨水が侵入しないよう工夫がなされています。

 

また、その上に瓦を設置する際、座りをよくするために土を載せるのが通常ですが、ここでは土を一切用いていません。

 

土は水分を吸いやすいため、ここに湿気が溜まると木材が傷む原因となります。

 

ここでは土の代わりに木材で台座をつくり、瓦を設置しています。

 

さらに、瓦から漏れてきた雨水が渡し板の上に溜まるのを避けるため、軒先に備前焼製の排水投管を設置し、雨水を外部に排出する工夫までされています。

 

◯水面の月を手に掬う

香川県高松市にある日本庭園、栗林公園の中に建つ、歴代藩主が愛した茶屋、掬月亭。

 

 

どこから見ても正面に見える四方正面造となっており、池に浮かぶように建てられています。

 

外周部にぐるりと縁側が廻らされ、三方向の建具を開放することができ、内と外が暖味な伝統的日本建築の特徴が凝縮されている名作です。

 

伝統的な西洋建築は煉瓦、石、ブロックなどを積み上げて造られた厚い壁全体で荷重を支える組積造で、その壁に開口部を開けていくので大きな窓がつくれません。

 

一方、伝統的な日本建築は柱と梁によって構造が成立する軸組構造なので、柱·梁以外は開ロ部にすることができます。

 

柱と柱の間いっぱいに開けられた大きな開口部によって、室内にいても美しい庭の景色が広がります。

 

開口部には建具が設けられているので、開ければ明るく風通しのよい空間、閉じれば光も風も遮ることができます。

 

開口部に設けられる伝統的な建築の建具は実に多様で、

 

「光は通し視線を遮る障子」

 

「光も風も通さない雨戸」

 

「光と視線は通るが、風は通さない窓」

 

「雪を見るために下だけ開く雪見障子」

 

「部屋と部屋を仕切る襖」

 

といったバリエーションがあり、それにより昼と夜、四季の移り変わりや天候の変化に応じて調整することができるのです。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。

 


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