建築史シリーズ 日本の近代建築⑳

弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。

 

そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、

 

そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。

 

とは言え、私は専門的に教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。

 

本物のデザイナー、建築家というのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。

 

このシリーズではそうした美に携わってきた建築家たちを中心にご紹介していきます。

 

◯福岡出身の建築教育者・徳永庸

徳永庸は九州地方を中心に数多くの設計監理を手掛けるとともに、早稲田大学や関東学院大学の教授として製図の指導に当たりました福岡出身の建築家です。

 

辰野金吾に学び、早稲田大学理工科建築学科を卒業。

 

早稲田大学、武蔵高等工業専門学校、早稲田高等工学校、関東学院大学で教鞭を執る一方、出身地である九州の銀行建築を中心に、生涯で270件近くの設計監理を手掛けました。

 

古典主義建築を主としであり、ドリス式の円柱や、メダリオンを施したメトープの意匠などに特徴がみられます。

 

徴古館

 

 

徴古館は、旧佐賀藩主・侯爵鍋島家12代当主直映公により創設された佐賀県内初の博物館です。

 

開館当初は、肥前関係の古文書・古器物を陳列し今日の県立博物館的な役割を果たしていました。

 

現在は国登録有形文化財となり、博物館として公開されています。

 

旧福岡銀行門司支店(現 マリーゴールド門司港迎賓館)

 

 

銀行らしいドリス式オーダーを持つ古典主義的な設計となっており、鉄筋コンクリート造りの2階建。外観は石造り風のモルタル塗りで、交差点側のコーナーにアールを取っています。

 

窓が大きく、大きなステンドグラスがはめ込まれています。

 

元々は福岡銀行門司支店として建設され、現在は結婚式場兼レストランのマリーゴールド門司港迎賓館になっています。

 

◯鉄筋コンクリート技術の先駆者の一人・中村鎮

中村鎮は日本における鉄筋コンクリート技術の先駆者の一人で、ヨーロッパの新建築を導入しその研究実践にあたりました。

 

その一環に「中村式コンクリートブロック構造」の発明があります。

 

福岡県糸島郡波多江村(現糸島市)に生まれ、学校を卒業後、台湾総督府土木局に雇われ、台北水道水源地で鉄筋コンクリート造倉庫などの設計、現場管理助手を務めるが1年余りで退職し、早稲田大学理工科建築科に入学します。

 

後に日本セメント工業技師長に転じ、中村式鉄筋コンクリート構造(通称鎮ブロック)を考案しました。

 

また、新軽量構造による低コスト住宅の間発に取り組み、1933年、杉並区荻窪に自案の「新軽量構造」の自宅を新築し移住します。

 

日本基督教団島之内教会

 

 

大阪府大阪市中央区東心斎橋にあるキリスト教の教会。建物は国の登録有形文化財となっています。

 

会堂は3階建、陸屋根、建築面積384平方メートル。

 

6本の角柱を並べる玄関、化粧ブロックで正面性を打ち出し、「中村式鉄筋コンクリートブロック構造」で、近代建築の発展過程を示す作品となっています。

 

福岡警固教会

 

 

福岡市の中心部を南北に走る「けやき通り」を南に入ったところに建つ、蔦が生い茂り、緑で覆われている教会です。

 

昭和初期の献堂で幾何学的な形をしており、こちらも「中村式鉄筋コンクリートブロック造」を取り入れた構造となっています。

 

九州では最初期の鉄筋コンクリートブロック造と言われています。

 

◯フランク・ロイド・ライトに師事した最初の日本人建築家・遠藤新

遠藤新はフランク・ロイド・ライトに学び、そのデザイン・空間を自己のものとして設計活動を行った建築家です。

 

 

1889年、福島県宇多郡福田村(現:相馬郡新地町)に生まれ、東京帝国大学建築学科を卒業。

 

卒業の翌年には、建築界の大御所だった辰野金吾設計による東京駅建築の批判を発表します。

 

明治神宮の建設に関わった後、1917年、帝国ホテルの設計を引き受けたライトの建築設計事務所に勤務しました。

 

建設費用がかかり過ぎるとしてライトは解雇され、途中で帰国してしまいますが、彼の後を引き継いで帝国ホテルを完成させたのが遠藤らでした。

 

独立後もライトに心酔し、ライトに寄せたの建築を設計し続けました。

 

このため遠藤はライトの使徒とも呼ばれ、独創性がないと軽視されることもありましたが、ライトの設計思想をよく理解した遠藤の作品は、ヒューマンスケールな広がりのある空間で多くの人に親しまれており、再評価が行われています。

 

自由学園明日館

 

 

自由学園明日館は東京都豊島区西池袋にある学校です。

 

フランク・ロイド・ライトとその弟子であった遠藤新の設計による建物群から成っています。

 

1997年に国の重要文化財に指定され、その後は文化財として見学に開放されているほか、結婚式場やコンサート会場などにも利用されています。

 

自由学園明日館はフランク・ロイド・ライトが編み出した建築様式であるプレーリースタイルを目にできる、数少ない建築の一つです。

 

それまでの西洋建築は壁が多く、個々の部屋が独立していてとても閉鎖的でした。

 

しかし、ライトは空間をずらし、平面および断面方向に繋げ、さらに窓を増やしていきます。

 

屋根を低く抑えた建物が地面に水平に伸び広がる構成は日本の寝殿造によく似ていますが、実はライトは日本建築の影響を強く受けていたと言われています。

 

ライトはプレーリースタイルを成立させる概念として有機的建築を提唱しています。

 

有機的建築とは普遍的な形を持つ自然の形に学び、建物が環境と溶け合いながら住む人にフィットするという考え方です。

 

ライトは自分が建物の内部空間こそ真実ということを発見したと思っていました。

 

ところが自分よりも前に、日本の茶の本に「一つの部屋の真実は、屋根や壁が包む空間の中にある」という一文を見つけてしまいます。

 

ライトはショックを受けるものの、すぐその思想を設計に取り入れていったのです。

 

笹屋ホテル

 

 

笹屋ホテルは、長野県千曲市の戸倉上山田温泉にある日本旅館です。

 

遠藤新が1932年にデザイン・建築した数寄屋造りの代表的建築物「豊年虫」を有し、日本建築の伝統にホテルの手法を持ちこんだ非常に斬新なスタイルで、近代観光旅館建築のモデルとなりました。

 

ちなみにこの旅館は、あの「日本中華料理の父」と呼ばれた陳建民の手による伝統ある中華レストラン「杏苑」を有し、現在はその子息である陳建一に受け継がれています。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。

 

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