建築史シリーズ 日本の近代建築⑰

弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。

 

そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、

 

そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。

 

とは言え、私は専門的に教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。

 

本物のデザイナー、建築家というのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。

 

このシリーズではそうした美に携わってきた建築家たちを中心にご紹介していきます。

 

◯古典様式の岡田信一郎

岡田信一郎は、大正・昭和初期に活躍した建築家です。

 

 

東京帝国大学建築学科を卒業した後、東京美術学校(現・東京芸術大学)と早稲田大学で教壇に立ち、数多くの後進を育成しました。

 

設計作品には鉄筋コンクリートで和風意匠を表現した歌舞伎座、日本における西欧様式建築の最高傑作と評される明治生命館、イギリス風邸宅建築の鳩山一郎邸などがあります。

 

和洋を問わず、歴史的な建築様式を自在に用いた建築家です。

 

岡田は日本の建築界が十分にヨーロッパ建築を消化し、建築家として育った成熟の世代の代表格と評価されています。

 

大阪市中央公会堂

 

 

中之島公会堂とも呼ばれ、 大正元年の指名設計競技によって一等当選した岡田の案が基となっていますが、実施設計は審査員であった辰野金吾でした。

 

窓廻りの上部や軒などに修正が加えられているが、基本的な外観は岡田案を踏襲しています。

 

構造は鉄骨レンガ造3階、 地下1階建て。

 

重要文化財に指定され、活用方法でも注目されています。

 

耐震改修に加えて建設当時のガス管や漆喰塗りの壁、煙道、使用されていたレンガを組み直して吸音材と仕上材を兼ねるなど、様々な工夫が見られます。

 

明治生命館(明治生命保険相互会社本社本館)

 

 

鉄骨鉄筋コンクリート造地上8階、 地下2階建ての丸の内に建つオフィスビル。

 

アメリカンボザールの流れにあるとされますが、アメリカンルネサンスともいえる大規模なルネサンス風の建築です。

 

コリント式の柱頭飾りを採用した5階建て分の長大な列柱が10本並び、1階を石積み壁、2階以上を列柱、その上の最上階と3層構成を用いています。

 

岡田の遺作となった建築で、 完成を待たずに逝去したため、弟の捷五郎が後を継いで完成させました。

 

◯モダンデザインを展開した本野精吾

本野精吾は、大正期から昭和初期にかけて京都を中心に活躍した建築家です。

 

日本におけるモダニズム建築の先駆者の一人に数えられます。

 

東京帝国大学工科大学建築学科を卒業し、三菱合資会社(三菱地所)技師となります。

 

その後ドイツ留学でモダニズムの洗礼を受け、1927年に京都で結成された日本インターナショナル建築会に参加、関西のインターナショナル・スタイル(国際様式)の中心的人物として活躍しました。

 

京都工芸繊維大学 (旧京都高等工芸学校)

 

 

構造は鉄筋コンクリート造3階建て。

 

昭和2年に発表された計画案は水平連続窓を大胆に設けたシャープな建物でしたが、実作の水平連続窓は限定的で、スクラッチタイルによる壁面の風合いは前近代的な様子に留まっています。

 

京都市考古資料館(旧西陣織物館)

 

 

本野の代表作として挙げられる作品です。

 

大正元年といえば様式主義建築が主流を占めていた時代で、本作のモダンさは衝撃を与えるのに十分な意匠であったと言えます。

 

構造はレンガ造3階建て、覆輪目地を用いた白タイルによる平滑な壁面や単純化された窓廻りなどモダンなデザインとなっています。

 

壁面を抽象化したことで幾何学的な構成が強調されています。

 

◯多才な内田祥三

内田祥三は建築家でもあり、元東京帝国大学の総長も務めていました。

 

 

東京帝国大学建築学科で構造計算法と鉄骨および鉄筋コンクリートの講義を担当。

 

佐野利器の建築構造学を引き継ぐ形で発展させ、建築構造、防災、都市計画、文化財修復など数多くの分野に業績を残すとともに、東京帝国大学営繕部長も兼務し、多くの後進を育てました。

 

関東大震災後の東京帝大構内の復旧を主導し、正門から続く銀杏並木などキャンパスに明快な軸線を導入し、「内田ゴシック」といわれるデザインパターンの建物を数多く建設しています。

 

内田は佐野利器の弟子として、日本での鉄筋コンクリート構造学や鉄骨構造学の分野の開拓を担いました。

 

一方では東京帝国大学営繕課長となって、国立天文台など数多くの作品を世に送り出しました。

 

東京大学安田講堂

 

 

大学の記念的な施設には欧米に準じてゴシック様式が用いられることが多いですが、東大安田講堂はその代表例と言えます。

 

安田講堂は鉄骨鉄筋コンクリート造の地上3階地下1階建て、垂直線を強調したテデザインで、塔の縦線がパラペットや庇で遮られることなく空に抜け、見上げた時により高く見える効果があります。

 

車寄せにはゴシック様式の尖塔アーチが用いられており、上部にはバトルメントと呼ばれる中世の城郭に見られる屋上の凸凹状の腰壁が見られます。

 

◯歴史様式の中で合理性を求めた渡辺節

渡辺節は古典主義をベースとした様式建築を自在に設計し、近畿を中心に商業ビルの秀作を多く残した建築家です。

 

 

日本勧業銀行、日本興業銀行、大阪ビルヂングなど合理的なアメリカ流のオフィスビルを得意としていました。

 

様式を使いこなす渡辺の手腕は有名で、またその設計が合理性を踏まえていたことに特徴があります。

 

彼は、過去の様式を折衷することで自らの世界を創り出し、施主の要望に応える現実的な建築家でした。

 

この時代に民間企業が建築家に求めた合理性とは経済上であり、建物のデザインに関してはあくまでも保守的だったのです。

 

渡辺のオフィスビルは当時アメリカで流行していたアメリカンボザール建築の影響を見て取れます。

 

ただし、細部は必すしも忠実ではなく、本場の様式を引き伸ばしたような大振りな意匠で、規模も大型でした。

 

歴史様式の使い手でしたが、コアシステムや耐震壁の導入など、機能性も追求していました。

 

梅小路機関車庫

 

 

設計は鉄道院西部鉄道管理局で、工事は大正天皇の即位を契機に行われた京都駅の改良工事の一環として行われました。

 

国内最古の鉄筋コンクリート造の機関車の扇形庫で、構造はアンネビック式が採用されています。

 

綿業会館

 

 

綿業会館は大阪の代表的な商業地として知られる船場のほぼ中央に建つ紡績や繊維関係者のクラブ建築です。

 

外観は派手さをおさえた3層構成のルネサンス風を基調としています。

 

壁面の凸凹や目地を強調して、力強い意匠を表現するルスチカ積み風の基部、ピラスターが省略され、窓の大きさや窓廻りの装飾を変えた平滑な中層部、水平帯で仕切られた頂部で構成されています。

 

内部はイタリアンルネサンスでまとめられた玄関ホール、会員食堂など、倶楽部建築特有の賛沢な空間が設えています。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。

 


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