医療の歴史・酒
今日のように、病原菌を遺伝子レベルで把握し、ワクチンや抗生物質、薬や手術の開発ができるようになるまでに、それこそ神頼みの時代から長い年月にわたる試行錯誤がありました。
前にご紹介した水銀しかり、ヒ素しかり、今の常識では考えられないような医療が有効だと信じられていたケースも過去にはありました。
そうした先人たちの悪戦苦闘の積み重ねが、今日の最新医療を成す土台になっているに違いありませんが、それにしてもびっくりを通り越して笑ってしまうような医療がたくさんあります。
今回は引き続きそうしたびっくり仰天な医療の歴史をご紹介していきたいと思います。
■百薬の長?百毒の長?
今回取り上げるのは「酒」。
人類最古の嗜好品の一つです。
その証として、酒にまつわる格言は古今東西問わず多く残っています。
「酒は百薬の長」もその一つですよね。
「適度な酒はどんな薬にも勝る」ことを意味し、出典は後漢に成立した歴史書『漢書』。漢を簒奪し「新」を建てた王莽の言葉です。
実際、適量な飲酒は体に良いと言われています。
有害なLDLコレステロールの増加を抑え、善玉コレステロールであるHDLコレステロールを増加させ、動脈硬化の予防効果があるとされています。
赤ワインなどに含まれるポリフェノールは心筋梗塞の予防に効くという話もよく耳にするところですね。
ただお酒の最大の効用と言ったらやっぱり「酔い」でしょう。
テンションを高めてストレスを発散させてくれたり、あるいは気持ちよくリラックスできたり。
気のおけない友人との飲み会、一日の終わりの晩酌。
最高です。
酒はコミュニケーションの潤滑油でもあります。
酒の席で築かれる友人関係、信頼関係も多いわけで、まさに人生に潤いをもたらしてくれるもの。
しかし、酒がそうしたプラスの方向に働くのも「適量の酒」であるからこそ。
過度の飲酒によって肝硬変、高血圧、糖尿病、アルコール依存症などのリスクが高まりますし、吐き気、むかつき、二日酔いによるパフォーマンスの低下をもたらします。
また、酒の席での粗相は自分の信用を落とすという社会的ダメージにも繋がります。
私もそうですが、多くの皆さんも実感されるところではないでしょうか。
酒との付き合い方いかんで、薬にも毒にもなりうるのです。
■アルコールは歴史ある塗り薬
アルコールという括りで言いますと、古くから消毒薬として使われてきました。
傷口に塗ると消毒剤として、または傷口を縫合する時の麻酔薬として。
特に最近では新型コロナの流行によりアルコール消毒液が品薄になっていたニュースも記憶に新しい。
ちなみにアルコール(厳密にはエタノール)の消毒効果の原理ですが、ずばり「細菌の細胞膜の破壊」です。
これによって細菌を死滅させることができるわけです。
■期待をかけられ過ぎた
古代エジプト、ギリシャ、ローマでは、ワインは健康を増進する「薬」として用いられてきました。
薬草をワインに浸してたものを飲んでいたとも言われ、ワインはうつ病、記憶障害、腹部膨満感、便秘、泌尿器、下痢、痛風などに効くとされていました。
ローマの政治家カトーは、ワインを煎じた便秘薬の調合方法を書き残しているとか。
いわく「ワインに灰、堆肥、バイケイソウを混ぜ合わせて煮つめる」とのこと。
なおバイケイソウは非常に毒性の強い植物なのですが・・・。
またローマ帝国の医師ガレノスは、怪我をした剣闘士たちの治療の際、患部を殺菌するのにワインを使っていました。
今と同じ、アルコール消毒ですね。
さらに、腹が切り裂かれて体の外に出てしまった剣闘士の腸をワインに浸けてから体内に戻すという破天荒な外科手術をしたこともあったそうです。
消毒は効いたのかもしれませんが、まあ助からなかったでしょうね・・・。
■ペストに効く薬?
母親が赤ちゃんに母乳を与えながらジンを飲む、といったら驚くでしょうか?
ジンはカクテルのベースとして最も多く使われているスピリッツ、蒸留酒の一種です。
大麦、ライ麦、ジャガイモなどを原料とし、ジュニパーベリーといって、針葉樹の一種であるセイヨウネズの果実で香りが付けられています。
ジンは11世紀頃、イタリアの修道士がジュニパーベリーを主体としたスピリッツを醸造していたのが発祥とされています。
香り付け用のジュニパーベリーは薬草として古くから用いられており、古代エジプトでは黄痘に効くと考えられていました。
古代ギリシャで疝痛患者に処方され、または今で言うところのエナジードリンクとしての効用目的でも用いられていたそうです。
そして古代ローマ時代で、ペダニウス・ディオスコリデスという医師が胸痛治療のためにジュニパーベリーをワインに浸したものを処方していました。
ここでジュニパーベリーとアルコールが出会うわけです。
時代が下り、ペストが欧州で猛威をふるった14世紀半ば、ジュニパーベリーはあの不気味なペスト予防マスクに詰める薬草の一つとして使われるようになります。
もちろん科学的には無意味だったわけですが、細菌学が発達しなかった当時は薬草はフィルターとして働きペストの感染を防げると考えられていました。
そんな中、オランダでは酒造業者が疫病予防に効くブランデーを作ろうとし、そこで使われたのがジュニパーベリーであり、こうしてできたのがジンでした。
最初オランダではジンは薬用酒でしたが、「あれ?これ普通に美味しくね?」と、その旨さが注目されるようになってから、酒として人気を博すようになっていきます。
なんと乳飲み子を持つ母親までがジンを飲み、体にいいとされるジンの成分が母乳を介して赤ん坊に与えられるようにしていたそうです。赤ちゃんのお腹の張りが治る効果があるとか。
授乳しながらジンを仰ぐ。なかなかファンキーなお母様ですな。
ちなみに酒はダイエットに使われた事例もあります。
11世紀のイングランド王、ウィリアムⅠ世はあまりの肥満により、ついにダイエットを決意。
それがかなり思いっきりダイエット法を彼は採用し、それはアルコール以外のものは一切に口にしないというものだったそうです。
彼はベッドでひたすら酒を飲み続けたところ、嬉しいことに体重が落ち、痩せていったという。
まあこれは酒の効用ではないですが・・・。
■ブランデー発祥物語
8世紀に北西アフリカの先住民であるムーア人が欧州に侵入します。
彼らは優れた蒸留技術を持っていたので、それを使ってより高い薬効が望める酒を開発するために、スペインで飲まれていたワインを蒸留にかけました。
こうして生まれたのが「ブランデー」。もともとはオランダ語で「焼いたワイン」を意味するそうです。
15世紀にはフランスのアルマニャック地方やコニャック地方でブランデー生産が始まり、この地方のブランデーはやがて「コニャック」として世界の銘酒となるのです。
ヘネシー、マーテル、クルボアジェなどが有名でしょうか。
皆さんの中にもバーで飲まれたことのある方はいらっしゃるのかもしれません。
ブランデーはその後長らく欧州で飛ぶように売れていきまました。
特に医療関係者から好まれ、アルコールには血液を凝固させる働きがあると考えられていたので、大量出血している患者にブランデーを投与したり、
また患者の腕やお尻にブランデーを原液で注射(!)したり、難産の妊婦の静脈に鎮痛薬として注射したりするのに使われました。
普通に急性アルコール中毒になりはしなかったのだろうか。
私も30代となり、歳を重ねるごとに年々酒が弱くなる一方。
でもお酒も飲み会も好きな性分でして、まさに人生を豊かにする妙薬と言ってもいいくらいです。
酒が毒ではなく薬となるようなオトナな嗜み方を今後精進していく所存です。
以上、大禅ビル(福岡市 赤坂 賃貸オフィス)からでした。