デザイナーたちの物語 前川國男

弊社、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)が行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。

 

そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、

 

そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。

 
IKEAスタイルショールーム
 

私は専門的にデザイナーとしての教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。

 

本物のデザイナーというのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものです。

 

今回もそんな天才デザイナーの一人をご紹介します。

 

■日本に近代建築をもたらした巨匠

建築家、前川國男。

 
前川國男6
 

日本の近代建築のパイオニアと称される人物です。

 

彼が手掛けた主だった作品をまずはご紹介しましょう。

 

◯東京都美術館

 
東京都美術館
 

エントランスやメインの展示スペースが地下に沈んでおり、風致地区であるため高さを抑えた穏やかな佇まいです。

 

近代建築のエッセンスを日本の風土に馴染ませた晩年の傑作です。

 

◯東京文化会館

 
前川國男6
 

コンクリート打ちっ放しの大きな軒が特徴で、めくれ上がった庇が建物全体をまとめ上げている力強い作品です。

 

◯ロームシアター京都

 
前川國男7
 

煉瓦タイルとコンクリートの軒が特徴のコンサートホール。前川國男の代表作の一つとなっています。

 

◯東京海上日動ビルディング本館

 
前川國男6
 

独特な赤茶色の格子の外観が美しい高層建築です。

 

などなど。

 

こうした名建築の設計者として知られている前川國男ですが、なぜ日本近代建築のパイオニアと呼ばれるようになったのか?

 

それは前川國男が、近代建築の巨匠、ル・コルビュジエ最初の日本人の弟子だったからです。

 

■ル・コルビュジエの門下生

前川國男は1905年、新潟県で生まれました。父内務省土木官僚、母は旧弘前藩士の家の出という恵まれた環境でした。

 

勉強もできたようで、東京帝国大学で建築を学びます。

 

在学中、岸田日出刀という先生がヨーロッパ留学から持ち帰った4冊の本を見て、彼は衝撃を受けます。

 

それが後に「近代建築の巨匠」と讃えられるル・コルビュジエの作品集だったのです。

 
コルビュジエ11
 

当時のル・コルビュジエはまだ巨匠とまではいかなくても、新進気鋭の建築家として徐々に名が知られるようになっていました。

 

ル・コルビュジエの作品を目にした前川國男はいてもたってもいられなくなり、大学を卒業するやいなや単身でシベリア鉄道に乗って渡仏、ル・コルビュジエの門を叩きます。

 

■上野公園で見える師匠と弟子

前回のコラムでご紹介した通り、近代建築(モダニズム建築)と呼ばれる建築デザインは、産業革命によって急速に進んだ建築の工業化を背景に、

 

1920年代から1960年代までの間に世界的スケールで展開され、現代の私たちの生活空間のベースを形成した美観です。

 

建築家たちは重厚、絢爛な装飾デザインをそぎ落とし、新しい時代にふさわしい機能性と合理性を兼ね備えた工業的な美を建築で実現しようとしました。

 
コルビュジエ11
 

その近代建築のムーブメントにおいて最重要人物だったがル・コルビュジエであり、そのル・コルビュジエに日本人として最初に弟子入りしたのが前川國男でした。

 

1928年のことです。

 

この出会いが、近代建築に捧げる彼の一生を決定づけたのです。

 

留学後、前川國男は1930年に日本へ帰国しますが、その頃の日本は世界恐慌の余波を受け不況が続き、

 

最初はなかなか仕事先が見つからず、建築家を諦める考えも頭によぎりながら、なんとか建築事務所で職を得ます。

 

5年後に独立し、東京帝室博物館(現・東京国立博物館)公開コンペの落選、空襲による銀座事務所の焼失を経験しながらも、建築家としてのキャリアを積んでいきます。

 

ちなみに前川國男が設計した東京文化会館の向かいには、師であるル・コルビュジエが設計し、前川國男が工事に関わった国立西洋美術館が建っています。

 
国立西洋美術館
 

師弟の作品が同じ空間に並び立つ。縁を感じざるを得ません。

 

■モダニズム×和風木造のハイブリッド建築

戦時中、前川國男は木造モダニズムの傑作と言われる作品を生み出しています。

 

彼自身の生活の場であり、事務所焼失後の新しい仕事の場となった自邸です。

 
前川國男6
 

建築資材の欠乏と建坪100㎡以下という制限の中に、近代建築のエッセンスが随所に詰め込まれています。

 

切妻の左右対称の大屋根が特徴で、外壁は建板張りと伝統的な仕様をあしらい、幾何学的な格子窓や灯り障子などのファクターは大胆に配置されています。

 

抽象度が引き立つモダニズムの空間を和風木造建築の中で余す所なく表現しています。

 
前川國男6
 

居間は吹き抜けとなっており、ガラス格子戸からの豊かな採光はル・コルビュジエが手掛けたサヴォア邸の開放感を思わせます。

 

当時の木造モダニズム建築がほとんど失われた今では、この自邸は日本建築史において大変価値がある現存作品となっています。

 

現在は小金井の「江戸東京たてもの園」に移築され、誰でも見学できるようになっています。

 

ご興味のある方は一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

■わが福岡の前川建築・福岡市美術館

「平凡な素材によって、非凡な結果を創出する」

 

「時間に耐える建築」

 

「建築は、その建つ場所に従え」

 

を標榜してきた前川氏の晩年の集大成とも言える作品がわが福岡市にもあります。

 

「福岡市美術館」

 

です。

 
福岡市美術館
 

外壁は光沢感のある赤茶色の磁器質タイルとなっており、弊社ビルとも似た土の温もりが感じられて、なんだか親しみを覚えます。

 

分厚いタイルと、目地部分まで一体となった複雑な形は立体感を放ち、レンガとレンガの間のモルタル塗布層は見えない。

 
福岡市美術館
 

この福岡市美術館のタイル張りの外観からも分かる通り、前川國男はタイルに並々ならぬこだわりを注いでいました。

 

彼は大量生産のもと作られた均一的な仕上がりの素材を嫌い、タイル一つとっても微妙な焼きムラの違いを求めました。

 

また、先に紹介した東京海上ビルのタイルの色を指定した際は

 

「かちかち山のたぬきの火傷の色」

 

といった独特な感性を爆発させたりと、なかなか担当者泣かせの建築家だったのではないかと想像します。

 

一つの色に至るまでの物語や情感をも含めて拾いあげていく鋭敏な感性は、建築家というよりも、もはやアーティストでしょう。

 

私のような一般人が見える世界と、彼の目を通して見える世界とでは、その色合いの豊かなは天地ほどの差があるでしょう。

 

福岡市美術館は2年半にわたる長期リニューアルを経て2019年3月にオープンしました。

リニューアルの際、前川國男の理念を継承すべく色んなタイルメーカーと掛け合ったものの、

 

異なる焼きムラでタイルを作ってくれる所が見つからなかったため、わざわざオーダーメイドで瓦屋にタイルを焼いてもらったそうです。

 

 

まさに美術館自体が珠玉のアートそのものと言えますね。

 

前川國男は約半世紀に及ぶ設計活動を通して、公共施設を中心に200を超える建物の設計に携わり、近代日本のモダニズムをリードしてきました。

 

皆さんの町にあるあの施設も、もしかして巨匠が手掛けた名品なのかもしれません。

 

以上、大禅ビルからでした。

 


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