八幡橋
先日東京出張に行ったおり、街なかでなんとも味わいのあるモニュメントに出くわしました。
番号が振られたコンクリートの柱が2本。
その上に鋼材が何本も筏のように組まれて載せられている。
傍に建つ記念碑によれば
「渋谷駅南街区土地区画整理事業 竣工記念碑
本事業は、共同ビル事業と一体的に都市基盤と街区の再編を行い、公共施設の整備改善と宅地の利用増進を図り、
渋谷駅周辺の交通結節点機能の強化と市街地整備の一端を担うことを目的とする」
とあります。
どうやらここでは区画整理が行っていたようですね。
そして気になるコンクリートの柱にはその由来が書かれていました。
「八幡橋」
かつては、東京急行電鉄東横線の高架がこの場所で交差していた。
東横線の渋谷駅が地下に移動する際に約85年にわたる役目を終え、撤去されたが、柱の跡から当時の記憶を感じることができる」
ほほうなるほど、高架線の柱だったんですね。
31、32という番号にも意味があって、渋谷駅から数えた高架橋の柱番号だそうです。
85年前というと、まだ戦後間もない時に建てられたのでしょうか。
復興と、その後の発展を支えてきた柱なんですね。
それが、まさに「場の記憶」として往時の姿をここに留めています。
素敵なセンスだなと、素直に感心しました。
ビルもインフラも、時代に合わせてスクラップ・アンド・ビルドされていく。
大禅ビル(福岡市 赤坂 貸事務所)のある舞鶴もと同じく、数年も経てば街並みが一変します。
仕方ない部分もあるでしょうが、自分が思い出とともに懐かしさを抱く場所の見た目が跡形もなく変わっていってしまうのは、やっぱり寂しいもの。
場に積み重ねてきた記憶、人々が生きてきた歴史も含めての「街の価値」だと考えています。
そしてこのように、街の来し方を思い起す縁を残してくれるのは、とても有り難いこと。
この柱があったことで、現に私は渋谷の歴史の一部と出会えたのだから。