建築史シリーズ ロマネスク建築とゴシック建築

弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。

 

そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、

 

そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。

 

とは言え、私は専門的にデザイナーとしての教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。

 

本物のデザイナーというのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。

 

このシリーズではそうしたデザイナーたちが紡ぎ上げてきた建築の歴史を中心にご紹介していきます。

 

◯ロマネスクの巡礼教会堂の誕生

11世紀も後半になると、聖遺物拝のための聖地巡礼の気運が高まります。

 

三大聖地のひとつであるサンティアゴ・デ・コンポステッラ大聖堂へとつながる巡礼路が発達しました。

 
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂
 

そこで誕生したのがロマネスクの巡礼教会堂です。

 

巡礼教会堂とは、それまでの教会堂との最大の違いは、典礼に支障をきたすことなく巡礼者が堂内を巡回できる回遊プランです。

 

これなら巡礼が祈祷の妨げになることはありません。

 

玄関廊では、大勢の巡礼者の入堂を制限することもできます。

 

地下祭室には聖遺物を保管し、巡礼者たちの目的である礼拝と同時に、盗難防止の機能も満たします。

 

交差部には高い塔を立て、巡礼者たちが遠くからでも教会を見つけられるようにしています。

 

キリスト教の典礼と思想に適したバシリカ式が巡礼という時代の要請を受けて進化したのです。

 

また、ロマネスク建築の革新性は、ヴォールト構造抜きでは語れません。

 

交差ヴォールトの誕生によって、トンネルヴォールト下部の壁構造が不要になりました。

 

これはすなわち、壁からピア(開口部と開口部との間に設けられる太い柱体)への変換でもありました。

 

これによって、身廊へ光をよりよく採り込むことができるようになったのです。

 

身廊に交差ヴォールトを架けると、横に広がる力が加わります。

 

そこでロマネスク建築では、力を支持するために側廊の上にトリビューン(2階廊)などを設けました。

 

初期のロマネスクは木造天井であったので、落雷で火災を招くことが多く、火災予防と教会の美化の目的も、ヴォールト天井が増えていった理由の一つです。

 

なお、間口部を大きく取れる交差ヴォールト天井は当時施工が困難でした。

 

この構造の考えと形状は、次のゴシック建築に引き継がれ、発展していきます。

 
サンセルナン
 

◯ロマネスク建築の原動力となった修道院

中世における修道院は祈りの場だけでなく、もっとも先進的な生産組織でした。

 

芸術・学問の中心で学校でもあったのです。

 

自給自足の共同体であり、荒地を開墾し、農業で生活に必要なものを生産し、社会へも供給しました。

 

巡礼のための宿舎の提供、貧者には寝所と食事を与え、病者に治療する病院でもありました。

 

修道士は、自らが職人や農民、医者、技術者、教師といったプロフェッショナルでもあったのです。

 

修道院の建築は、幾何学、数学、音楽理論に秀でており、聖書を読むことのできる一握りの人間によって構想されたのです。

 

修道院はあらゆる機能を備えたひとつの町でもあったのです。

 

修道院は4世紀のエジプトに現れ、ガリア(現在の北イタリア、フランスあたり)全土に広がっていきます。

 

カロリング朝時代、修道院は帝国内につぎつぎと建設されていきました。

 

そんな神学者・聖職者たちがつくった教会堂は、会派によって特質が現れます。

 

フォントネー修道院教会堂は、シトー会派によるもので、ここでは修道院の戒律の原点への回帰と遵守を旨とし、清貧を貫いたシトー会派の美学が存分に現れていると言えます。

 
フォントネー修道院
 

一見、実用主義一辺倒の合理的建築に思えますが、数と幾何学を基盤とした美の比例による芸術でもありました。

 

装飾的な要素がきわめて少なく、禁欲的です。

 

西正面に目立つ塔をつくることはせず、ステンドグラスや彫刻、壁画すらも禁止しました。

 

通常、半円形のアプスがくる東端部も平坦に切り落としてまで、外観を控えめにしています。

 

平面図模様は慎ましく、簡明な構造が特徴です。

 

頂部が若干尖った、尖頭アーチ型のヴォールトがつくる空間は、ロマネスクの教会としては例外的に天井高が低くなっています。

 

修道院は「10世紀頃のヨーロッパに1200ほど存在した」といわれます。

 

あらゆる人々の生活を支え、精神的な支えでもあり、学問文化の継承と発展に努める。

 

それが修道院のミッションだったのです。

 

ヨーロッパ各地に広がったロマネスク建築は、修道院なしではあり得ませんでした。

 

一方で、ロマネスク建築の壁面分節の美学や数の美学は万人には伝わりづらい点がありました。

 

そのため、ゴシック建築では民衆のためにわかりやすい超越的な空間へと進化するのです。

 
クリュニー修道院
 

◯ゴシック建築の特徴

ロマネスク建築の広がりはヨーロッパの至るところに存在した修道院によるところが大きかったです。

 

修道院は修道士のための施設でした。

 

一方で、ゴシック建築はその発生過程と存在理由がロマネスクとはかなり違います。

 

ゴシック建築は都市の教会であり、一般民衆のためのものでした。

 

権威の誇示、無言の演説でもあったゴシック建築はパリで生まれ、やがて他国へ伝播していきます。

 

ゴシック建築の特徴としては

 

・突頭アーチの多用・・・ロマネスクの半円アーチより水平推力カが小さい利点と、上昇するような印象を与えてくれることから尖頭アーチへと変化しました。

 

・交差リブ・ヴォールトの増加・・・ピアや天井は交差リブ・ヴォールトの骨組によって、線状の要素が増えてさらに一体します。

 

・軽やかな線状の構造体・・・飛梁フライング・バットレスによって壁を減らし、ピアも小さくでき、トリビューンは不要となり、窓が大きく開けられるようになって軽やかに。

 

・ロマネスク平面がベース・・・民衆が使いやすい放射状祭室付周歩廊内陣を積極的に採用。身廊の前の独立した空間だった西構えと異なり、民衆を直接堂内に導くような設計に。

 

・壁面分節・・・壁面分節のさらなる進化がゴシック建築の内部空間を繊細かつ高貴なものに変貌させました。ゴシックの空間には直角のエッジがなく、円弧による縁取りと分割。

 

これによって壁の厚みがなくなったような軽やかな印象を与えます。

 

◯ゴシック建築の代表・アミアン大聖堂

 
ノートルダム大聖堂
 

天井高は約42メートル。シャープな構造体から流れるように上昇する空間は、崇高でまばゆい光に満ちた民衆のための新しい祈りの場です。

 

大きく取れるようになった開口部にはステンドグラスがはめこまれました。

 

そこには聖書の内容が詳細な絵で描かれており、文字の読めなかった民衆でも宗教的メッセージを理解することができるようになっています。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。

 


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