デザイナーたちの物語 ノーマン・ロバート・フォスター

弊社、大禅ビルが行っております貸しビル業は、本質的には空間に付加価値をつけていくプロデュース業だと考えています。

 

そのような仕事をさせて頂いている身ですから、建築やインテリア、ファッションといったデザイン全般にアンテナを張っており、

 

そこで得たヒントやインスピレーションを大禅ビルの空間づくりに活かすこともあります。

 

とは言え、私は専門的にデザイナーとしての教育を受けたことはありませんから、本職の方々と到底比べられません。

 

本物のデザイナーというのは、既存の概念を超越するような美を生み出すアーティストに近い存在と言ってよく、その足跡の後には全く新しい地平が拓けていくものだと思っています。

 

◯英国生まれのハイテク建築家

 

今回ご紹介するのはノーマン・ロバート・フォスター。

 
フォスター
 

イギリスの建築家・デザイナーです。

 

フォスターの建築は、1970年代に注目された「ハイテク」と呼ばれるスタイルに位置づけられています。

 

フォスターが自らの事務所を設立したのは 1967年のこと。

 

それ以前は同じくハイテクの建築家であるリチャード・ロジャースらと設計組織「チーム4」を組んで活動しました。

 

その後事務所はメンバー数が千名を超える世界最大級の規模にまで成長し、大型建築を世界中で展開。フォスター自身もイギリスにおいて貴族に叙されるまでに成功を収めました。

 

独立後しばらくのフォスターは、本コラムでもご紹介しましたバックミンスター・フラーとも協働していました。

 
バックミンスター・フラー4
 

このことからも、彼のハイテク建築の根幹にあるのは、人間と地球環境が共生するような世界観であることがうかがえます。

 

実際、どれほど巨大な建築であっても、彼の作品には自然の光や風が室内に入る工夫が見られ、居心地のよい空間とサスティナビリティの獲得が目指されてるといます。

 

〇いじめられていた学生時代

フォスターは1935年、レディッシュに生まれました。

 

機械塗装工をしていた父に影響されて工学やデザインを志したそうです。

 

フォスターは学校でいじめに遭いながらも読書に励み、16歳で学校を辞め、英国空軍に就職します。

 

空軍を選んだのは、長年の趣味であった航空機が理由だったようです。

 

その後地元の建築家のアシスタントを務め、1956年にマンチェスター大学で建築・都市計画を学び始めます。

 

学費を稼ぐためにアイスクリームの販売員や警備員、パン屋のアルバイトをしていた苦学生でした。

 

イギリスの閉鎖的な教育文化を嫌い、卒業後にアメリカのイエール大学院で建築を学びます。

 

1963年、イギリスに戻ったフォスターは、ロジャース、スー・ブラムウェル、ジョージーとウェンディ・チーズマン姉妹とともに、建築事務所「チーム4」を設立しました。

 

1967年に4人が別れた後、フォスターとウェンディは新たに「フォスター・アソシエイツ」を設立した。

 

1968年から1983年にかけて、フォスターはバックミンスター・フラーと共同で、オックスフォードのセント・ピーターズ・カレッジにあるサミュエル・ベケット・シアターなど、環境に配慮したデザインアプローチの発展のきっかけとなるプロジェクトをいくつか手がけ、1967年に事務所フォスター・アソシエーツ(現フォスター・アンド・パートナーズ)を設立しました。

 
フォスター
 

〇ハイテク建築とは何か?

ハイテク建築は、進歩を続ける科学技術や工業製品を背景にしてつくられる設備・構造材を隠さずに、あえて露出させるデザインを特徴としています。

 

モダニズム建築は機械を機能主義のモデルとみなしましたが、それを意匠上のモチーフにまで発展させたスタイルだといえます。

 

この流れは1960年代頃から始まっており、従来のモダニズム建築に対する挑発という文脈もあったようです。

 

モダニズム建築以前のバロック様式などに代表される古来伝統な西洋建築では、重厚な石や華麗な装飾が美の表現の主流でしたが、

 

合理性と機能性にこそ建築の美が宿るとするモダニズム建築の潮流が近代になって生まれ、室内空間を最大限活用できるシンプルで直線的な構造、採光に優れた広い窓、機能性と合理性に寄与しない装飾を省くといった率直な建築が戦後もてはやされるようになります。

 

しかしそのモダニズム建築に対して異を唱える潮流がやがて生まれてきます。

 

「結局モダニズムは機能性、合理性が大事だと言いながら、配管といった機能性と合理性を作る構造物を隠したり、窓を比例関係で形を整えたりして、わざわざ手間をかけて美を演出している。これは欺瞞ではないか?」

 

「機能的、合理的な構造物が例え醜くても、外に現れていた方がむしろ誠実ではないか? 」

 

そうしたモダニズムへのアンチテーゼとしての「ポストモダニズム」の潮流が1960年代頃から出てくるようになったのです。

 

〇ハイテクと自然との融合

ここでフォスターの代表作をいくつかご紹介します。

 

グレートコート

 
フォスター
 

ハイテク建築家と呼ばれるフォスターは、 大英博物館の中庭・グレートコートも手がけ、ガラス張りで自然光が入る心地よい空間を作り上げました。

 

香港上海銀行・香港本店ビル

 
香港銀行
 

フォスターの国際的名声を不動のものにしたとしたハイテク建築の記念碑的作品です。

 

ガラスのカーテンウォールの外側に露出した構造システムが特徴です。機械的でありつつも、古典主義的なシンメトリーの調和ある外観がデザインされました。

 

足元はピロティとして都市空間に開放されており、常時多くの人びとでにぎわっています。

 

このビルは建造当時、世界で最も高価なビルでした。

 

3500人の従業員全員がヴィクトリア・ピークやヴィクトリア・ハーバーを眺められるような高い光の透過性が特徴です。

 

スイス・リ本社ビル

 
フォスター
 

ロンドン有数の高さ(約180m)を誇る超高層ビルです。

 

巨大な繭を思わせる圧倒的存在感を放ち、その先すぼまりの形状からキュウリを意味する 「ガーキン」という愛称をもっています。

 

1990年代以降のグローバル経済の世界において建設された、一目で記憶可能なわかりやすい形態の「アイコン建築」の代表例ですね。

 

アップル社の新社屋

 
アップルパーク
 

フォスターは、スティーブ・ジョブズが亡くなるまで、彼とともにアメリカ・カリフォルニア州にあるアップルの新オフィス、アップル・キャンパス2(現在はアップル・パークと呼ばれている)の設計を担当しました。

 

2009年にジョブスから1本の電話で依頼されたのを始まりとして誕生したこの建築は、巨大なリング型というユニークな形だけが特徴ではなく、緑豊かな自然、太陽光発電、電気自動車のチャージング・ステーションなど地球の環境を意識したデザインにもなっています。

 

〇生涯現役の建築家

フォスターは現在、建築関係の慈善団体Article 25の評議員を務めています。Article 25は世界で最も人を寄せ付けない不安定な地域で、革新的で安全かつ持続可能な建物を設計・建設・管理する団体です。

 

1990年にフォスターはサーの称号が与えられ、さらに1983年にロイヤル・アカデミーのアソシエイト、1991年にロイヤル・アカデミアンに、1995年にはロイヤル・アカデミー・オブ・エンジニアリングの名誉フェローに選出され、数多の栄誉に浴しながらも、今もなお第一線で活躍されています。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。

 


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